妻は「がんで死へ向かう夫」をどう見つめたか

現在進行形で進むノンフィクションの凄み

死へ向かう夫へのメッセージ(写真:Graphs / PIXTA)

この秋、思いもよらない入院生活を体験することになった。幸いにも今後長期にわたる治療が必要になるような病気ではなかったが、それでも2週間ほどの入院が必要だと言われた。

それからが大変だった。ぼくの体調ではない。我が家の生活の話である。子どもはまだ小さいうえに妻も仕事がある。お互いの親は介護状態だったり遠方に住んでいたりで気軽に助けを求められるような状態にはない。もともと家事は完全に分担していたから、妻はいきなり作業量が倍になることになる。そこに病院との往復も加わるとなると、一挙に生活が回らなくなってしまうのだ。我が家の日常がいかに危ういバランスのうえに成り立っていたかを思い知らされた。

それでも我が家の場合はまだゴールが見えていたから、なんとか踏ん張れた。これが先の見えない闘病生活だったらどうなっていたことか。病床で写真家・植本一子の『降伏の記録』を読みながらそう思った。

現在進行形で綴られた私的ノンフィクション

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植本の夫はラッパーのECD(石田義則)だ。植本とECDには24歳の年の差があり、2人の娘がいる。この夫婦の日常は、これまでECDの『ホームシック 生活(2~3人分)』、植本の『働けECD-わたしの育児混沌記』、『かなわない』、『家族最後の日』などで綴られてきた。植本が育児の不安をECDにぶつけ夫婦の間に溝が生まれたり、植本が別の男性に恋をしてそれでも家族のもとへ戻ったりと、いろいろなことがあったことを読者は知っている。当初は読者にもどちらかといえば温かく見守る、という感じがあったと思う。

ところが昨年、ECDが食道癌であることがわかり状況が一変した。子どもたちの世話はもちろん、一家の生計も植本ひとりの肩に重くのしかかってくることになる。日々の暮らしは大丈夫だろうか、子どもたちは不安になっていないだろうか、なによりも植本自身はいまどんな状態にあるのだろうか――。読者は息を詰めるようにして見守ってきた。

『降伏の記録』の中心となるのは、2016年11月から2017年7月までの植本の日記である。いわば現在進行形で綴られた私的ノンフィクションだ。

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