鉄道「新線トンネル切り替え」で失われた絶景 スイスは観光と非常時用に旧路線も存続

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ゴッタルド峠の名物、3重ループを2段目から撮影。下に見えるのが最下段の線路で、上は高速道路。ループ線からの眺めは息をのむ迫力だが、旧線に位置するため、現在はローカル列車に乗らなければ拝めない(筆者撮影)

しかし一方で、この2つのルート上には、スイス政府観光局も宣伝に力を入れていた景勝路線が含まれていた。右へ左へとカーブを抜け、山間を進んでいく旧線の美しくも迫力ある風景は、ここを旅する人たちの目をつねに楽しませてくれた。観光産業の比重が高いスイスにとって、トンネル建設と引き換えにこのルートを廃止することは大きな損失になるし、点在する小村の交通インフラを奪うことにもなる。

そこで、この2路線では既存のルートも残し、貨物列車や都市間を結ぶ特急列車は新しいトンネル経由とする一方、それとは別に旧線を経由するローカル列車も運行させることとなった。旧線を経由する一部の列車には、夏季のバカンスシーズンに眺めのいいパノラマ客車を連結し、観光ルートとしても売り出している。

だが、それだけのためにコストをかけて旧線を維持しているわけではない。トンネルの完成後も、輸送量が決して大きくはない旧線をわざわざ残しているのは、万が一トンネル内で事故が発生した場合を想定した代替ルート確保の意味合いもある。

あっさり旧線を放棄した例も

一方で、潔く景勝ルートを放棄してしまった例もある。イタリア最大の重工業港湾都市ジェノヴァと、フランスとの国境であるヴェンティミリアを結ぶ147㎞のルートだ。

地中海沿いを走るこの路線は、欧州大陸の鉄道網の中でも重要な幹線の1つと位置づけられており、これまでも細かい路線の改良が行われてきた。しかし、この区間は海岸線に沿った形で線路が敷かれており、路線のちょうど中間あたりは単線区間が占めるという悪条件となっていた。

さらに、急峻な地形ゆえに自然災害に見舞われることも多く、地滑りによる事故や運休などもしばしば発生した。輸送力の増強には線形改良と複線化が必須で、国境からフランス寄りは複線化および線形改良が済んでいることからも、改善は急務とされてきた。

イタリア政府とイタリア鉄道によれば、同区間のすべての線形が改良され、複線化された場合、リグーリア地方における旅客・貨物輸送の市場シェア拡大と、それに伴う周辺地域の経済効果は約8億ユーロにも及ぶと試算している。

とりわけ貨物輸送に関して、イタリア―フランス両国間を結ぶルートは山間部のモンスニ峠経由が大半を占めており、フランスの地中海に面した各都市やスペイン方面への列車は、山側を大きく迂回する必要があったことから、海沿いのルート改良がもたらす速達効果は計り知れない。

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