強制労働の現場「松代大本営」を語り継ぐ人々 本土決戦を前に、天皇の御座所を地下に建設

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一方、地下工場がある山の反対側には中山の半地下工場跡があった。中国人が連行されてきていた。

「中山の場合は中国人が強制労働をさせられていたのですが、外務省が作成した名簿があり、503人がいて、7人が亡くなったことがわかっています」

ちなみに、中国人の強制連行は、長野県は北海道についで2番目に多い。

伝え残そうとしなければ風化してしまう

里山辺地下壕跡は40%の完成度。現在、入ることができるのは約1・2キロ。松代とは違って、観光用に整備されていない。足元は悪く、歩きにくい。

里山辺地下軍事工場跡にある地下壕で見つけた煤で書かれた文字

ところどころに、明かりとして使っていたカンテラの煤(すす)で書かれた文字が目に入る。工事を請け負った「熊谷組」や、下請けの「山中」、測点からの距離が書かれている。ズリを運んだトロッコを動かすためのレールが一部残っている。

松本でも後世に語り継ぐことが課題だが、調査団には信州大学の学生が関わる。医学部5年生の春日みわさん(23)は県内出身。「もともと沖縄の基地問題に関心がありました」と話す。しかし、戦争遺跡が県内にあることは最近まで知らなかった。

「その土地なりの戦争があることがわかりました。沖縄から戻って地元のことを知りたくなりました」

里山辺の地下壕にはまだ入ったことがない。

「意識しないとあっという間に(記憶や証言が)消えてしまいます。意図的に掘り起こさないといけない。これから詳細を知りたいと思います」

春日さんを調査団に紹介したのは医学部6年生の奥野衆士さん(24)だ。

「僕も1年生のときに先輩に紹介されました。調査団は’90年から活動していて、継続は力なりを体現しています。世代間継承もしていかないといけません」

奥野さんは地下壕に入ったことがある。

「劣悪な環境で働かされていた人のこともそうですが、企業側の責任が問われたのか気になりました」

奥野さんは卒業後、出身地の東京に戻るという。

「(里山辺の地下工場を知るまで)社会を知ったつもりでいました。これからは戦争や平和の問題に気がつくきっかけを作りたい」

文化庁は、幕末から戦争末期までの近代遺跡を文化財として保存することを検討、調査した。しかし、報告書がまだ出ていない。戦争の記憶は今、伝え残そうとしなければ風化し、いつかは消えていく。加害の歴史を含めて、戦争遺跡を残すことが必要だ。

(取材・文/渋井哲也)

渋井哲也◎ジャーナリスト。栃木県那須郡出身。長野日報を経てフリー。いじめや自殺、若者の生きづらさなどについて取材。近著に『命を救えなかった―釜石・鵜住居防災センターの悲劇』(第三書館)
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