いつまでも「若々しい」人はドコが違うのか

中曽根元首相に茂木健一郎氏が聞いた秘訣

あるとき、中曽根さんがなかなか風呂から出て来ない。ご高齢でもあるし、心配になって様子を見に行った。なんと、中曽根さんは、お風呂の洗い場で自分の下着をごしごし洗っていたとのことである。

首相までやられた方が、自分の下着を洗うから、若々しくいられる。逆に言えば、何でも他人任せにしてしまうというのは、脳の加齢を自ら進めてしまっているようなものである。

指定席に慣れ切った人間は衰えていく

新幹線のなかでときどき見かける光景。

社会的地位が高いと思われる方が、ふんぞり返って座っている。隣りに秘書さんがいる。検札に来ると、秘書さんが「こちらです」とチケットを渡している。ふんぞり氏は微動だにしない。それで、車内販売のワゴンが通りかかると、秘書さんが「あっ、それをください」などとやっている。

秘書さんはこまめに動いて、ふんぞり氏に、「ウィスキーのソーダ割りです」などと渡している。ふんぞり氏は、さもそれが当然であるかのように、「ああ、そうか」などと言って飲んでいる。

そんな様子を見るたびに、私は、「ああ、可哀想に、認知症まっしぐらだな」などと思ってしまう。

人間、楽をしてはいけない。もし、ふんぞり氏のように社会的地位が高くなることが脳の機能低下につながってしまうのだとしたら、それは人生が私たちに用意した一つの罠なのだろう。心がけ次第で、引っかからなくて済む。

ところで、新幹線に限らず、指定席というのは随分人間を堕落させるものだと思う。

もちろん、座って仕事をしなければならないことも多いから私も指定席はありがたいが、反省もする。秘書に検札や買い物を任せきりの「ふんぞり氏」まで行かなくても、指定席は生物としての人間を弱体化させる。

これが、自由席だと、電車がホームに着くまで気が気ではない。

始発駅でも、途中駅でも、どれくらい混んでいるかなと、自分の頭のなかの空席の推定数と、目の前に並んでいる列の数を比べている。子どもなどはすばしっこいからドアが開くとばっと走る。お母さんの中には、「あんた先に行ってとってらっしゃい」などとけしかけている人もいる。

幸い座れたとしても、仲間と席がばらばらになってしまってがっかりということもある。混み具合によって、隣りに荷物を置くかどうか、迷うこともある。とにかく、自由席は落ち着かない。そして、切ない。しかし、脳の働きから言えば、その落ち着かなさ、切なさこそが滋養なのである。

乗る前に暇がなくて、車内で指定席を買おうというのはもっと悲惨である。仮にどこかに座っていても、駅に着くたびに「来るんじゃないか」と疑心暗鬼になる。ドアが開いてお客さんがくると、「あっ」と思わず腰を浮かして立ち上がろうとする。

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