日本から先端軍事技術が流出しかねない理由 大学は「安全保障貿易管理」を直視すべきだ

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だが、特に地方の中小規模の大学担当者は「制度の運用に対して、大学には人も予算も時間もない」「制度が複雑すぎてわからない」と端々に戸惑いや不満をにじませた。

「ただ厳しすぎるだけでは、研究活動の停滞や研究者の萎縮、大学に対する不信感を抱かれるなどの弊害が生じる」と壇上から訴える教員もいれば、「これをまともやっていたら大学はもたない」と舞台裏で吐き捨てる研究者もいた。

「軍事研究反対」のアンリアル

シンポジウムで文科省が示した最新の調査によれば、国公立大学と医歯薬、理工農系などの学部を持つ公私立大学計286校のうち、輸出管理担当部署を設置しているのは56.8%の138校。内部規程を整備しているのは大学共同利用機関などを含む計801機関のうち、わずか14.6%の117機関にすぎない。

もちろん大学の研究といってもレベルはそれぞれだ。すべてを一律に審査していれば膨大な事務になるため、リスクの高い研究テーマや機密度に応じて優先順位をつける「濃淡管理」という手法もある。

だが、いずれにしても現状は、少数の担当者が疑問や苦悩を抱えながら、事務に忙殺されているだけという実態が浮かび上がる。その一方で無関心、無自覚な研究者の下から貴重な技術情報がダダ漏れとなり、北朝鮮や中国の軍備増強、中東のテロリストたちの武装、化学兵器などの所持に加担しているとしたら……。「軍事研究反対」と叫ぶだけのことが、あまりにも非現実的に見えてこないだろうか。

日本安全保障貿易学会副会長で北海道大学公共政策大学院の鈴木一人教授は「学術会議の科学者たちの議論は『自分たちは善である』ことを前提にした自己満足でしかない」と厳しく批判する。

「問題は防衛省から資金をもらうかどうかという、カネの出どころではない。技術が誰に使われるか、研究がどれだけ安全保障に直結しているかを自覚し、どうすれば研究成果が戦争目的に使われないかを現実的に議論することだ。そのために安全保障貿易管理を理解して、実行可能なことをやっていかなければならない。学問の自由とバランスをとってどう折り合いをつけていくのか、国や大学はもっと伝え方を工夫するべきだ」

後ろ向きな議論ばかりのようにも思えるが、たとえばこう考えることはできないだろうか。ある決定的な技術の流出防止が、北朝鮮の核・ミサイル開発の「最後の一手」を抑えることになっているかもしれない。だとすれば、この制度が前向きで平和的な「武器」にもなりうるということだ。どちらにしてもわれわれの「戦争と平和」は、紙一重の関係にあるようだが。

関口 威人 ジャーナリスト

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せきぐち たけと / Taketo Sekiguchi

中日新聞記者を経て2008年からフリー。名古屋を拠点に地方の目線で環境、防災、科学技術などの諸問題を追い掛けるジャーナリスト。1973年横浜市生まれ、早稲田大学大学院理工学研究科修了。

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