旭化成、「心肺蘇生事業」が急成長した舞台裏 買収から5年、高値づかみの評価をくつがえす

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「ライフベスト」は、心臓突然死のリスクを抱えた患者が日常生活で着用する自動除細動器。着用患者の心電図を常時監視・解析し、不整脈の中でも特に危険な心室頻拍や心室細動を検出した場合、アラームが鳴り、自動で電気ショックを与えて患者の心臓の動きを正常に戻す。担当医師はインターネットを通じて、患者の着用状態や電気ショックが作動した前後の心電図なども確認できる。

通常、重症の不整脈患者を心臓突然死から救う手段としては、ICDと呼ばれる小型の自動除細動器を体内に植え込むケースが多い。ライフベストはその手術までのつなぎ期間や、早期の心筋梗塞など投薬や手術で治る可能性がある患者の観察期間中に使用される。このため、2~3カ月のレンタルが基本。料金は1カ月当たり平均3300ドルと高額だが、米国では多くの民間保険の適用対象になっているという。

専任の営業担当者を3倍に増員

実は、この着用型の自動除細動器は、世界でもゾール社だけの独自製品だ。開発したのは別の米国企業だったが、さっぱり普及せずに困っていた同社を2006年に買収。学会での啓蒙活動やゾール社の販路を活用した営業によって、米国医療業界で徐々に認知度が高まった。さらに旭化成の傘下に入って以降、ライフベスト専任の営業担当者を3倍の600人規模に増やすなど普及活動を大幅に強化し、一気に使用患者が広がった。

これまでに欧州を含めて30万人以上の患者がライフベストを使用し、現在では米国内だけで毎月2.5万人が着用している。米国の医療機器メーカー2社が同様の製品を開発中だが、実用化にはFDA(米国食品医薬品局)の承認を得る必要がある。競合品が登場するのは3年以上先と言われており、ゾール社にとってはライバル不在の状態が当面続く。

ジョナサン・レナートCEOは「欧州や日本などでもライフベストを普及させたい」と語る(写真:旭化成)

ただ、「大事なのは普及率をもっと高めていくことだ」とジョナサン・レナート最高経営責任者(CEO)は話す。「ライフベストを必要としている患者は非常に多い。米国内だけで見ても、まだ潜在ユーザーの3割ぐらいにしか製品・サービスを提供できていない」。

患者がライフベストを使用すべきかどうかを判断するのは医者だが、まだ歴史が浅い救命医療機器だけに、患者に薦めるのをためらうケースも多い。このため、医薬品と同様の比較手法を用いた大規模な臨床試験を進めている最中で、レナートCEOは「試験データがまとまれば、それが強力な説得材料になって、より多くのドクターがライフベストの必要性を理解してくれるはず」と期待を込める。

ライフベストはドイツやフランスでもすでに事業を展開しており、日本も当局の承認を取得済み。保険適用の問題などから、米国外での早期普及はハードルが高いが、米国で一から市場を立ち上げたのと同じように海外でも地道な普及活動を重ねていく考えだ。

オンリーワン製品のライフベストを武器に業績拡大が続く米国ゾール社。「成長のスピードは予想した以上。少なくとも今後数年間は2ケタ成長の継続が見込める」と小堀秀毅・旭化成社長の期待も大きい。ヘルスケア部門だけに止まらず、旭化成の全社業績を牽引する事業になる日も近そうだ。

渡辺 清治 東洋経済 記者
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