「紙幣や国債は返済する必要がない」は本当か 「返済される」からこそ守られる大切なこと

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以上をわかりやすくまとめておこう。

まずわれわれが1万円札を民間銀行に預け入れる。民間銀行は1万円札を日銀に持ち込み、当座預金に預け入れる。金融情勢次第で民間銀行は「確実に返済を期待できる」国債で日銀から返済を受けることができる。こうした1万円の等価交換の連鎖をみてくると、「いつでも返済される」紙幣と「確実に返済を期待できる」国債が両輪となり1枚1枚の紙幣の流通が支えられていることになる。

「返済しなくてよい」なんて、誰が言った?

現在、盛んに議論されている金融政策提言の中でも、アデア・ターナー氏(英金融サービス機構・元長官)やジョセフ・スティグリッツ教授(米コロンビア大学)が主張する大胆な提言では、日銀が保有する国債について「いつまでも返済する必要がない」のであるから「ないもの」とすれば、日本の公的債務問題はずいぶんと解消されるというものである。いったん日銀が保有する国債が無効とされれば、日銀は紙幣や当座預金を返済する原資を永遠に失ってしまう。

一方、クリストファー・シムズ教授(米プリンストン大学)が主張している慎重な提言では、国債の「返済されない度合い」を政策的に微調整できるとして、「当面、返済されない」国債や紙幣が実質価値を下げて物価が上昇することを期待している。

しかし、これら2つの考えは、国債と紙幣が「返済される」という大前提によって1つ1つの通貨取引が守られているこの仕組みを、根底から殺(あや)めてしまう点ではまったく同じである。

私たちの社会にとってきわめて大切な通貨制度の根幹を揺るがしてまで達成しようとすることが、公的債務を踏み倒し、通貨や国債の価値を毀損して物価を上昇させることにあるならば、そのような経済政策は「どうかしている」としかいいようがないと思う。

斉藤 誠 一橋大学大学院経済学研究科教授

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さいとう まこと

一橋大学大学院経済学研究科教授。専攻はマクロ経済学、ファイナンス理論。1960年生まれ。83年京都大学経済学部卒業、92年マサチューセッツ工科大学経済学部博士課程修了、Ph.D.取得。2001年4月から現職。07年に日本経済学会・石川賞、10年に全国銀行学術研究振興財団・財団賞受賞。主な著書に『原発危機の経済学』(日本評論社、石橋湛山賞)、『金融技術の考え方・使い方』(有斐閣、日経・経済図書文化賞)、『資産価格とマクロ経済』(日本経済新聞出版社、毎日新聞社エコノミスト賞)、『競争の作法』(ちくま新書)、『経済学私小説〈定常〉の中の豊かさ』(日経BP社)。

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