「共謀罪」の拙速な新設は、将来に禍根を残す 刑法の原則「謙抑主義」を失ってはならない

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そもそも国際組織犯罪防止条約を締結する場合、必ず共謀罪を創設しなければならないのだろうか。また共謀罪を創設しなかったら、共謀犯罪における犯人引き渡しは不可能なのか。

条約法に関するウィーン条約19条は、「いずれの国も、次の場合を除く他、条約への署名、条約批准、受諾若しくは承認又は条約への加入に際し、留保を付することができる」とし、禁止規定がなく、条約の趣旨や目的を害さないかぎり、留保は可能としている。

これについて外務省は「『重大な犯罪』を限定する旨の留保や『国際性』の要件を付す旨の留保は、『重大な犯罪』の定義を定める条約第2条や、国際性を要件としてはならないと定める条約第34条2の規定に明らかに反する」(同省ホームページ)として、国際組織犯罪防止条約については留保を認めない立場を取っている。

このように条約の完全な実現を求める姿勢は極めて常識にのっとっているように見えるが、むしろ留保をもってじっくりと様子を見るほうが賢明な結果を生むことがある。たとえば数年前から問題になっている中国資本による水源地の買い占めだ。

この問題の根本原因はWTOの「内国民待遇」だ。日本の所有権制度は極めて強い法的効力を持つため、いったん外国人に買われてしまえば、その土地は永遠に奪われたと同じになる。内国民待遇では、外国人であろうとその土地所有者に100%の権利が認められるのだ。

中国は土地の所有を認めていないため、国際法の原則である相互主義に従えば、中国人あるいは中国企業に日本の土地所有を認めなくてもよい。当時、日本の水源地を守るために森林法改正などに尽力していた高市早苗衆院議員(現・総務大臣)は、「WTOに加盟したとき、日本政府が留保さえしてくれていれば、こんな問題は発生しなかったはずだ」と悔やんでいた。

共謀罪がなくても犯人の引き渡しは可能

また共謀罪がなければ、犯人引き渡しができないかといえば、そうでもない。アメリカでは20年以下の拘禁刑もしくは25万ドル以下の罰金その併科に相当するヘロインの輸入の共謀(日本の刑法では不可罰)について、犯人を引き渡すべきとする決定を下した1988年3月30日の東京高裁の決定もある。

そもそも共謀罪があるからといって、テロを完全に防止できるわけではない。地下鉄サリン事件などは、たとえ当時に共謀罪があったとしても防ぐことはできなかっただろうと言われている。

そうした現実を考えずに与党が今国会で数を頼みに押し切ろうとすることだけは、ぜひとも避けていただきたいものだ。

安積 明子 ジャーナリスト

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あづみ あきこ / Akiko Azumi

兵庫県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。1994年国会議員政策担当秘書資格試験合格。参院議員の政策担当秘書として勤務の後、各媒体でコラムを執筆し、テレビ・ラジオで政治についても解説。取材の対象は自公から共産党まで幅広く、フリーランスにも開放されている金曜日午後の官房長官会見には必ず参加する。2016年に『野党共闘(泣)。』、2017年12月には『"小池"にはまって、さあ大変!「希望の党」の凋落と突然の代表辞任』(以上ワニブックスPLUS新書)を上梓。

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