現代の「おカネの流れ」を歪める意外な黒幕 タックスヘイブンと大英帝国の深い関係

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イギリスの「経済力」というのは、世界経済の中でそれほど大きいものではない。世界のGDPのランキングでは、だいたい第5位である。米国のGDPの6分の1にすぎない。そのイギリスが、金融の国際取引において、最大のシェアを持っているのだ。タックスヘイブンの存在が、いかに世界のおカネの流れを歪めているか、ということである。

なぜイギリスはタックスヘイブンを放棄しないのか?

『お金の流れで探る現代権力史――「世界の今」が驚くほどよくわかる』 力はおカネで「買える」らしい――戦争、資源闘争、内戦、国際機関、外交協定。あらゆることの背景には必ず「おカネ」がある。世界の今をわかりやすく、深く知るために、元国税調査官が近現代にガサ入れ!

世界中からこれほど非難されているタックスヘイブンを、なぜイギリスは保持し続けるのか? それは、老大国の意固地なプライドが大きな要因だといえる。

18世紀から20世紀初頭まで、世界経済はイギリスが握っていた。イギリスは、地球の隅々にまで植民地を持ち、世界で最初に産業革命を起こした。世界中から富を集め、莫大な金の保有量を誇り、その金を元手に、世界で初めて金本位制を導入。イギリスが始めた金本位制は、世界の金融システムのスタンダードとなった。

イギリスは、18世紀後半から20世紀前半まで、長らく世界の金融センターとして君臨してきた。1957年の時点でも、まだポンドは世界貿易の40%で使われていたのだ。しかし、イギリス経済の凋落とともに、アメリカにその座を奪われつつあった。

イギリスは第二次世界大戦直後にインドを失い、他の植民地も次々に独立していった。第二次世界大戦終結時点では7億人以上を支配していた大英帝国は、1965年にはわずか5000万人の国民を有するのみとなっていた。

イギリスの経済規模は、第二次世界大戦以前からアメリカ、ドイツに抜かれていたが、戦後には日本にも抜かれ、フランスと4位を争っていた。そしてイギリスは、第二次世界大戦後、経常収支の赤字、外貨準備、金準備の減少に苦しめられ、たびたびポンドの価値を維持できない「ポンド危機」に見舞われた。

1949年には大幅な「ポンド切り下げ」を行った。そこには、「世界の銀行」とさえ呼ばれた、往年の大英帝国の姿はなかった。

ポンドは信用力を急速に失い、世界の基軸通貨の座をドルに明け渡すことになるイギリスのシティ・オブ・ロンドンが、世界の金融センターとして君臨してきたのは、強いポンドがあったからである。シティはポンドを取り扱うことで、世界の金融を牛耳ってきたのである。しかし、ポンドの価値が下がり、基軸通貨としての役割を失えば、シティの影響力も弱まる。シティはポンドの凋落とともに、力を失っていった。

それを取り戻すためのスキームとして、イギリスはタックスヘイブンを作ったのである。それが奏功したため、イギリスは、世界の金融センターとしての地位を保持し続けることに成功したのだ。

世界経済に害を与えるタックスヘイブンが生き続けている最大の理由は、ここにあるのである。

大村 大次郎 元国税調査官

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おおむら おおじろう / Ojiro Omura

国税局に10年間、主に法人税担当調査官として勤務。退職後、ビジネス関連を中心としたフリーライターとなる。単行本執筆、雑誌寄稿、ラジオ出演、『マルサ!!』(フジテレビ)や『ナサケの女』(テレビ朝日)の監修等で活躍している。ベストセラーとなった『あらゆる領収書は経費で落とせる』をはじめ、税金・会計関連の著書多数。一方、学生のころよりお金や経済の歴史を研究し、別のペンネームでこれまでに30冊を超える著作を発表している。『お金の流れでわかる世界の歴史』は「大村大次郎」の名前で刊行する初めての歴史関連書である。近著に『税務署対策 最強の教科書』『「土地と財産」で読み解く日本史』。

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