「ホーム転落事故」、鉄道側の責任範囲とは? 免責される具体的な基準はなし

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鉄道事業者からすれば、ひとたび鉄道事故が起きればその結果は重大なものになる可能性が高く、かつ、上記のとおり鉄道事業者の責任が認められる危険が付きまとう。そのために安全対策を実施しようとしても、どこまで実施すれば責任を免れるか、という判断は、実際事故が起きて裁判の結果が出るまでは必ずしも明らかにはならない。

もちろん、同種裁判例を参考にすることはできる。しかし裁判は原則として個々の紛争に事後的かつ個別的に法律を当てはめることで個々の紛争解決を図る制度である。裁判例が積み重なり同種事案についての解決のルールが確立されれば、確かに一つの行動規範は出来上がるが、「諸般の事情を総合考慮して」などという裁判にありがちな抽象的な判断基準がルールとして積みあがっても、具体的な事故に対する解決の確実な予測にはつながらない(見込みは立てられるが)。

安全対策に具体的基準は設けられないか

私企業である鉄道事業者は営利企業としての価値の最大化を求められる一方、利用者や地域からは公共交通機関としての責務を果たすことを求められる。しかし、事故が起きたら自己責任で解決せよ、でも公益的責務は果たせ、というのでは、鉄道事業者に不確実なリスクを負わせながら利用者が公共交通の便益を享受することになる。典型的な装置産業である鉄道事業者には酷ともいえる。

そうだとすると、鉄道事業者に対し安全対策の具体的基準が明確に示されたうえで、必要に応じて支援を行い、基準を満たした場合には事故が発生しても鉄道事業者に過失を認めない、という制度ができてもいいように思う(損害を負った者への補償の方法は別)。

位置情報ゲームのような鉄道の安全に影響を与えるものも新たに生じる可能性もある一方、鉄道の経営環境は厳しさを増している。損害が大きくなりがちな鉄道事故のリスクを見える形にして、果たすべき対策を示し突発的な事象で鉄道事業者が影響を受けないようにする制度を検討する必要もあるのではないだろうか。

小島 好己 翠光法律事務所弁護士

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こじま よしき / Yoshiki Kojima

1971年生まれ。1994年早稲田大学法学部卒業。2000年東京弁護士会登録。幼少のころから現在まで鉄道と広島カープに熱狂する毎日を送る。現在、弁護士の本業の傍ら、一般社団法人交通環境整備ネットワーク監事のほか、弁護士、検事、裁判官等で構成する法曹レールファンクラブの企画担当車掌を務める。

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