日本人が知らない「トランプ支持者」の正体 米国人が「実業家大統領」に希望を託した理由

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マイノリティのなかに1人、ものすごく性格の悪い黒人女性がいた。有能だが勝つためには手段を選ばない強烈な個性だった。チームワークも何もなく、視聴者も含めて誰もが、次に「お前はクビだ」の決まり文句で解雇されるのは彼女だ、と思いながら眺めていた悪役だった。だがなかなか解雇されなかった。

選抜が進んだ第8話でのこと。ボードルーム(負けたチームがトランプタワーの役員会議室に呼ばれ、うち1人が解雇される)で、彼女が保身のためにチームのメンバーの1人に対して罵詈雑言の限りを尽くし、目も当てられない泥仕合になったときのことだ。解雇されたのは、その性格の悪い女性ではなく、自分を守るために戦わず、節度を守ってしまった相手の女性だったのだ。トランプは、嫌われ者の女性は人としてどうかと思うと戒めたうえで、それより悪いのは攻撃を受けてもやりかえさず、負けを受け入れたもう1人の女性と断じたのだ。

人種、性別、宗教もない。常識もない。トランプが価値を見出すのは大きな勝負をかけること、それに勝つこと、そしていい仕事をすることなのだ。勝負の舞台では、やられたらやりかえす。決して攻撃の手を緩めない。そこには競争相手への個人的な偏見も恨みもない。彼にとって人種や性別などは些末な判断材料であり、ただ勝つことへの執念があるだけなのである。

それは共和党の予備選での容赦ない他候補への攻撃でもあきらかであり、本選の討論会で「互いについて尊敬する点」を訊かれてクリントンが決してあきらめない戦士であることだと述べたことからもうかがわれる。特定のグループへの憎悪があるのではなく、単なる負けず嫌いなのである。

成長に必要なのは善意の互助制度ではない

筆者自身はこうしたトランプの勝つためには手段を選ばない点がいつも美徳であるとは思わないし、あまりにも時代がかっているとさえ思う。

だがトランプが唱えつづけたグローバル競争の脅威が現実だとすれば、そこでアメリカが戦っていくには、これまで以上に冒険をし、アイデアを競わせ、成功をたたえ、それに報いていくしかないと、トランプを支持する人々は感じたのではないだろうか。選挙戦の最中に彼は「これはアイデアを競う選挙である」と言っていたことがある。

成長に必要なのは善意の互助制度ではなく、 野心であり、あくなき挑戦であり、変革への決意と成功への執念である。だから一度でいい、トランプにやらせてみようじゃないか。静かに2人の候補者をみつめていたサイレント・マジョリティは、醜悪な中傷合戦に耳を覆いながら、そんなことを考えていたのではないか。

経験豊かな安定した政治家ではなく、不動産というきわめてハイリスクな産業からうまれた政治手腕も未知数の実業家に大きな仕事を託したアメリカと、ひとりひとりの無名のアメリカ人がマスメディアの一様な反トランプのキャンペーンにふりまわされず、それぞれに勇気ある判断をくだしたことに、筆者はむしろ敬意を表したいとさえ思う。

2015年の予備選で始まった大統領選はついに幕を下ろした。だがトランプ陣営がどのような閣僚と政策スタッフで周囲をかためるのか、上院・下院を制した共和党議会のリーダーシップとどのような協業体制を築いていくか、誰にも予想がつかない。コーク兄弟はじめリバタリアンの運動家たちが長い年月をかけて築いてきた共和党の政治マシンや、下院議長のポール・ライアンに代表される茶会系議員との話し合いもこれからである。アメリカの政治からはまだまだ目が離せない。

脇坂 あゆみ 翻訳家

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わきざか あゆみ / Ayumi Wakizaka

訳書にアイン・ランドの『肩をすくめるアトラス』(アトランティス社)、『われら生きるもの』(ビジネス社)。イタリア映画「Noi Vivi」の字幕翻訳も。ランドの作品を翻訳するかたわら、アメリカのリバタリアン思想や政治文化の動向をウォッチし続けている。ジョージタウン大学外交大学院修士課程修了。米国公認会計士。

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