「神田古本まつり」が本好きを魅了するワケ 本の世界に浸ると、いろいろなことが見える

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無茶なようだがこの手段もある程度の数、本の背表紙を見続けていると意外にそれなりの成果を叩き出してくれるものである。という訳で、わずか30分の勝負で勝ち得た釣果は以下の3冊だった。

ヨット船上の殺人』(C.P.スノウ 昭和39年 弘文堂)
ポイス短篇選集』(T.F.ポイス 昭和10年 健文社)
おもしろき英語の手紙』(桑田春風 大正5年 冨山房)

 

『ヨット船上の殺人』は、イギリスの物理学者でもあり、偉大な文人でもあったスノウが1932年に著した傑作探偵小説の邦訳だ。マイナーな出版社から単発で発売されたこともあってか、戦後に刊行された翻訳探偵小説稀覯書の中でもかなり上位に入る本。私も再版函付でしか持っていなかったのだが、ワゴンにあったこの本は初版函付でしかも(この本としては)かなりお値打ちなプライシングであった。

そしてお次は『ポイス短篇選集』。ポイスは知る人ぞ知る英国文学の雄だが、この短編集は戦後に『山彦の家』という題名でも一度刊行されたものの、この戦後版ですら滅多に見かけないというかなりレアな本で、英文学好きとしては相当嬉しい収穫である。

3冊目は『おもしろき英語の手紙』。洋書好きには『ヨット船上の殺人』や『ポイス短篇選集』は「お~、なるほど」と思っていただけたかもしれないが、『おもしろき英語の手紙』になると、「何それ?」チョイスだろう。これは大正5年に刊行されたものだが、題名から推察される通り、英語での手紙の書き方文例を対訳の形で示した(だけ)のもの。しかし内容的には色々イカしているのだ。少しだけ、その中身を紹介してみよう。

Tomさんが富蔵、Hardさんは小丸君

A.英語ダジャレ系

娘の百合子さんが病気になってしまった吉河のおばさんに薔薇子さんが出したお見舞の英文を見ると、百合子さんはLily、薔薇子さんはRose、そして吉河のおばさんはMrs.Fairbanks。ちょっと待てや!Fair(よい=吉)banks(川の土手→河)って強引過ぎるだろ!こんな調子だからTomさんが富蔵なんてのも当たり前。

更に石部君が借金を申し込んできた小丸君に対して出した断りの手紙という文例では、石部君はStone(石)、小丸君はHard(つらい→困る→小丸)に!とどめはSmithさんが日本語では壽美之助(すみのすけ)って何だそりゃあ?!

B.何故そのチョイス?

一応実在の人物の実際の書状も多数文例にあがっているのだが、その人選も奔放多彩。アメリカ独立に多大な貢献をしたベンジャミン・フランクリンが妹の嫁入りに際して出した手紙、バイロンがギリシア独立戦争に参加する際ゲーテに出した手紙、徳富蘇峰にオーストリアの反ロシア派の志士Vamberyが出した葉書などがチョイスされている。

セオドア・ルーズヴェルトがアフリカから金子堅太郎に宛てた手紙などは日露戦争マニアならぐっとくるだろう。また頻繁に登場するのが、世界中の名士が手紙を送っている「鳩山老夫人」。大正5年の段階で「老夫人」というからには、これは恐らく鳩山由紀夫元首相の曾祖母にあたる鳩山春子(共立女子大学の創立者の一人)だろう。

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