ノーベル経済学賞「不完備契約の理論」の意義 情報が不完全な中、どのように契約を結ぶのか

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今回のハート、ホルムストロームの2人もこの流れの中に位置づけられる。特にその性格が強いのが、不完備契約理論を構築したハートだ。ハートは、人々が将来起きることをすべて事前に知って契約を結ぶことはできないことを指摘した。

たとえば、企業のために新技術を開発している研究者の報酬契約を考えてみよう。R&D(研究開発)の結果は不確実であるため、事前に契約でイノベーションがどう起きるかを具体化できない。さらに事後的にも、新技術の質や企業収益に与える影響額を正確に計測するのは難しいだろう。日本でも発明の対価をめぐって社員研究者と企業の訴訟が起きた例があるが、このようなときの報酬契約はどう考えればよいだろうか。

財産権の配分がインセンティブに与える影響

避けたいのは研究者、企業とも将来の取り分がはっきりしないため、研究開発が促進されず、投資が過小になることだ。ハートは、このような不確実な将来に向けての契約では、将来に誰が決定権を持つかを財産権の付与によって事前に決めておくことが重要だと説明した。

写真はストックホルムで10日撮影(写真:ロイター/TT News Agency/Stina Stjernkvist/ via REUTERS)

先ほどの例で言えば、いくつかのやり方が考えられる。一つは、研究者は固定給で働き、企業が新技術の知的財産権を保有するというやり方だ。この場合、企業は研究開発投資に積極的になるが、研究者のインセンティブは小さくなる。もう一つのやり方は、研究者が新技術の知的財産権を保有することだ。新技術の質が高ければ、将来、研究者は知的財産権を企業に売却するなどによって巨利を得られるため、非常に大きなインセンティブを持つ。だが反面、高く売れる新技術に集中するあまり、所属企業の狙いに沿った研究開発はおろそかになるだろう。

実際には、両者のバランスを取ることが必要だが、重要なのは財産権の配分をうまく行うことによって、利害関係者のインセンティブをうまく引き出し、契約で報酬を具体化する方法の代替策になるということだ。こうした不完備契約の理論は、コーポレートガバナンス(企業統治)やベンチャーキャピタルなどの現場に大きな影響を与えてきた。

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