右でも左でもない「リアリスト」が問う国防論 はたして国のために死ねるか?

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威嚇射撃が功を奏したのか、ついに北朝鮮の工作船が止まる事になる。著者は「止まれ、止まれ」と念じながら追尾していたが、実際に止まってしまうと「止まっちまった」と思った。停船した工作船には「立ち入り検査」を実施しなければならない。だが、特殊部隊に所属すると思われる北朝鮮の工作員たちに対抗できるだけの戦闘訓練を積んだ者など、海上自衛隊には一人もいなかった。「立ち入り検査」の要員に選ばれた隊員に不安が広がる。つい数分前まで、平成の世で自分たちが戦死するなど誰も考えていなかったのだ。

だが、数分の内に彼らは生へ未練を断ち切り、死を受け入れ、清々しいまでの顔つきに変化した。伊藤はそんな彼らの姿を美しい思い、同時に彼らを行かせたくないとも思った。また彼らにこの任務は向いていないとも感じた。彼らは自らの死を受け入れるだけで精一杯だ。任務の達成まで考えていない。しかし、世の中には「まあ、死んでしまうのはしょうがないとして、いかに任務を達成しよう」と考える事ができる者がいる。そういった男たちを集めて、特殊部隊を創設しなければならない。著者はそう考えた。そして自らも、そのような人間の一人である事を疑わなかった。著者がそう信じて疑わなかったのは、特殊な価値観を持った父に由来する。

命を失うことも辞さない

著者の父は陸軍中野学校の出身で、戦時中に蒋介石暗殺の命令を受け、その命令が取り消されることなく終戦をむかえる。終戦後も命令が取り消されていないために、いつでも暗殺を実行できるように、蒋介石が亡くなるまで毎週射撃の訓練を欠かすことなくしていたのだ。

自分の中にある譲れない物のためなら命を失うことも辞さないという価値観の持主であった。著者の父親は終戦後もルバング島で30年以上ゲリラ戦を行っていた同じ中野学校出身の小野田少尉に似た価値観を持っていたようだ。著者は父と同じ価値観と感性が自分の中にある事を感じていたが、現代の価値観にそぐわない考え、その情念を封印して生きていた。しかし、不審船事件をきっかけに、自分の中に燻り続けた価値観と対峙することになる。

特殊部隊創設のエピソードは字数の関係上、本書に譲るが、それにしても軍隊というものに関する著者の思考は面白い。軍隊というのはその社会の底辺が集まる場所であり、戦争とは底辺と底辺のぶつかりあいで、ポカが少ない方が勝つという考え方などは、なるほどと思ってしまう。

また日本の強みは、優秀な者が多いのではなく、底辺のレベルが他の国よりも高いという点にあると語る。この点をいかにうまく生かしていくかが、大切なのだ。この点などは製造業などにも当てはまるかもしれない。ライン作業員などもこの範疇にはいるのではないか。この人たちが他の国の底辺よりも質が高いのであれば、いかに組織としてその力を上手く活用するかを考える事が日本の製造業復活のカギになるかもしれない。

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