私が日銀新総裁にしたい人物 日本社会が失った目利きの重要性

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だから、人々は良い本を選べない。目利きを失い、自分で目利きをしなければならなくなったが、皆、その能力もエネルギーもない。だから、ランキングや口コミに頼る。それは、バブルそのものだ。みんなが買うから買う。誰かが読んだと言うから読む。噂は風説とは異なるが、とりあえず中身を吟味せずに買う。

こうやって一極集中が起きていく。最近も、村上春樹氏の新作について、発表が今後ある、という報道があったが、1Q84の村上春樹現象は、これまでと違う、ハルキ人気だった。なぜなら、これまで、小説など読んだことがない人まで買い、買ったものの最後まで読み切らない人が出てきたのだ。

また、村上春樹氏の話ではないが、ベストセラーには二つあり、読後感がすばらしいモノと悪いモノと二極化してきた。一応、ブームで買ってみたが、読んでみると、それほどの価値はなく、損をした、という印象が残るモノだ。こうなると、同じ著者の次の作品はみな読まなくなる。一発屋が増えているのは、芸人の世界とは違って、厳しい競争が歪んだ形で現れているということだ。

これに対し、お笑いはいい。見れば、一瞬で本当におもしろいかどうかわかるからだ。自分ですぐに確かめられる。だから、どんどんレベルが上がっていくのだ。一方、本は読み終わるまでわからない。だから、自分で本質を確かめる前に買うことになる。したがって、ベストセラーは本当に良いものとそうでないものに二極化するのだ。

デフレの真の要因は目利きを失ったこと

金融バブルも同じことだ。特に株式は将来の期待だけで動き、その動いた人々の行動が次の人々の行動を動かす。

株式市場にも本当の目利きが必要で、それは、実は、日本だけでなく世界の課題だ。現在、世界中のあらゆる金融商品に投資するようになっており、個別企業まで分析するレベルの高い投資家がいなくなってきている。それよりも、グローバルマクロで、アロケーション、資産カテゴリーごとの資金配分を素早く変化させ、資金をブームの前に移し、自分で流れやブームをつくって利益を上げることが主流になっている。

この結果、個別企業の目利きがいなくなり、リスクオンからリスクオフになったときに、個別、とりわけ小型株と言われるような中堅上場企業は極端に安い株価に放置され、仕方なく、経営陣や創業者がMBOをすることになり、ただ、仕方ないというものの、あまりに安いために、彼らは大きな利益を上げることになった。この5年、日本では特に顕著な動きだった。

日銀総裁人事に限らず、政治家の選挙、政府の審議会の委員、あるいはスポーツ関連の協会人事、改革委員会、ありとあらゆる人事が、目利きを失って、ムードや外形標準で語られるようになってきている。

目利きこそ、資産市場において最も重要な人材あるいは資源であり、それは、経済全体にそうであるし、社会にとって最も重要であることを日本社会は忘れている。

これこそが、日本経済が成長力を落としている原因であり、デフレの真の要因なのだ。

小幡 績 慶應義塾大学大学院教授

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おばた せき / Seki Obata

株主総会やメディアでも積極的に発言する行動派経済学者。専門は行動ファイナンスとコーポレートガバナンス。1992年東京大学経済学部首席卒業、大蔵省(現・財務省)入省、1999年退職。2001~2003年一橋大学経済研究所専任講師。2003年慶應大学大学院経営管理研究学科(慶應義塾大学ビジネススクール)准教授、2023年教授。2001年ハーバード大学経済学博士(Ph.D.)。著書に『アフターバブル』(東洋経済新報社)、『GPIF 世界最大の機関投資家』(同)、『すべての経済はバブルに通じる』(光文社新書)、『ネット株の心理学』(MYCOM新書)、『株式投資 最強のサバイバル理論』(共著、洋泉社)などがある。

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