「サウジ宗教警察」と戦う無謀な男の正体 イスラム教に縛られる国で聖職者に物言い

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これはサウジの宗教界にとっては爆弾のようなものだった。生活のあらゆる場面における善し悪しの基準を決める権威を聖職者に与えているのは現行の社会秩序だが、ガムディの主張はこの社会秩序を揺さぶるものだった。ガムディは聖職者たちの社会に対するコントロールを脅かす存在となった。

同僚たちはガムディと口を聞かなくなった。彼の携帯電話には怒りの声が殺到し、ツイッターでは匿名の殺害予告が流された。著名な聖職者たちはテレビに出てガムディのことをちょっと有名になっただけの無学者だと避難し、罰や拷問を受けるべきだと主張した。

西欧から来た人間の目から見ると、サウジは現代的な都市のライフスタイルと砂漠の文化、それに1000年以上も前の経典の厳格な解釈に対する終わりなきこだわりとが不可解な同居をしている国だ。石油による富があふれ、高層ビルが建ち並び、SUVが走りショッピングモールもたくさんあるのに、いかに金を投資し、非イスラム教徒と付き合うべきかという問いへの答えは、コーランと預言者ムハンマドの物語からの引用なのだ。

聖職者はまるでハリウッドセレブ

イスラム教が何より重要視されているために、宗教界は国が認めた正式な聖職者の集まりというだけの存在ではない。

まるで米国人がハリウッドスターの動向を追うように、サウジの人々は有名聖職者の動きや発言、対立に注目する。インターネットが普及しているから、聖職者たちはツイッターやフェイスブック、スナップチャットのフォロワー数でも競い合っている。最も高位の聖職者である大ムフティーもテレビのレギュラー番組を持っている。

サウジ人にとって、「ハラール(イスラムの戒律で許されていること)」と、「ハラーム(許されていないこと)」を自分で区別しようとするなど恐れ多いことに違いない。だから彼らは聖職者の出す法的拘束力のない宗教令「ファトワ」に頼る。イランの最高指導者ホメイニ師が作家サルマン・ラシュディの殺害を呼びかけたファトワのように世界の注目を集めるものもないではないが、ほとんどは宗教の実践の詳細に関するものだ。

ガムディに言わせれば、自分の人生を形作ってきたのは宗教家の世界やファトワであり、宗教をあらゆることに四角四面に応用することだった。

だがその世界は——自分の世界でもあったのに——彼を締め出した。

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