佐藤優の教育論「本当に力がつく本の読み方」 『子どもの教養の育て方』特別編(その3)
※ 過去の対談はこちら:
(その1)偏差値を追うと人格が歪む
(その2)行かせるなら公立? 私立?
批判的な「本の読み方」とは?
井戸:小学生に読ませる本として、夏目漱石の『坊っちゃん』や『吾輩は猫である』は、暴力的なシーンも多く無条件ではすすめられないという話を、『子どもの教養の育て方』(東洋経済新報社)の対談でされていました。
佐藤:僕としては、むしろお父さん、お母さんに『坊っちゃん』や『吾輩は猫である』を読んでもらって、漱石とはどういう人だったのかということを考えてほしいと思います。
かなり神経衰弱で、よく暴力を振るう人だったということは、漱石の奥さんの夏目鏡子さんの『漱石の思い出』(文春文庫)に出ています。併せてそれも読んでおくのもおすすめです。
井戸:古典だから、名作だからということで無条件に受け入れるのではなく、批判的な観点も持ちながら読むということも大事なのですね。
佐藤:そういうことです。
ここで「批判」という言葉について説明しておきましょう。批判というのは英語(フランス語)では「critique」で、ドイツ語だと「Kritik」ですが、「批判」という訳語は実は誤訳なんですね。
「critique」というのはどういうことかというと、「対象を受け止めて、対象の論理をとらえ、そしてそれに自分の意見を加える」ということなんです。つまり、全面的に賛成だという場合も「critique」なんです。
日本では「批判的だ」というとネガティブな意味なんだけれども、ヨーロッパやアメリカで「critique」、日本で「批判」といわれているものは、8割ぐらいは「肯定的」なんです。「全面的に意見に賛成する」あるいは「その意見に基本的に賛成だけれども、ここを加えたらもっとよくなる」ということです。
だから、マルクスの『資本論』で、「経済学批判」というサブタイトルがついているというのは、「基本的には古典派経済学の考え方を認めます。そのうえでこういうことを付加したらいいです」という意味なんです。
文芸の場合には「文芸批評」と言いますね。あるいは「評論家」という言い方もあります。だから、「批判」も「評論」も「批評」も本来は全部一緒なんです。
そのような意味において、批判的な読み方をするということが、本を読むときには非常に重要なんです。
そこで大事なのは、著者の意見と自分の意見を分けて、「この人はこういうことを言っているが、それについて自分はどう思うか」というのを考えることです。
基本的に賛成なのか、基本的に反対なのか、あるいはよくわからないのか。あるいはここまではわかるんだけれどもこの先は私は意見が違うとか、そういう分類をしながら読む訓練をすることが重要です。