米国の経済危機の源流にあるもの−−ジェフリー・サックス コロンビア大学地球研究所所長

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最悪の場合は世界不況に発展

住宅ブームがこうして猛烈な速度でクラッシュに向かっているとき、グリーンスパン議長率いるFRBは、驚くべきことに事態を傍観していた。低金利政策に異議を唱える者は学者の世界には少数いたが、金融界には見当たらなかった。銀行は新規融資を増やして手数料を稼ぎ、依然として経営者に法外なボーナスを支払うことに躍起になっていたのだ。

バーナンキ現FRB議長は05年、大統領経済諮問委員会の委員長を務めていた。当時の彼の主張は「住宅ブームはバブルではない」であった。つまり膨大な額の資金が住宅部門に流れ込んだのは、国際投資家が米国の金融制度を高く評価しているからだと説明していたのだ。

だが現在、住宅バブルの崩壊によって米国の金融機関は苦境に立たされている。銀行は新規融資を抑制し、住宅ローンの返済は滞っている。融資の鈍化は住宅価格の下落につながる。結局、07年秋に住宅バブルが崩壊し、膨大な不良債権を抱えた銀行は巨額の損失を計上。ベアー・スターンズのように倒産の瀬戸際に立たされる銀行が続出した。

また住宅価格の下落は、個人支出を減少させる。FRBは景気後退を回避するため、07年秋以降、相次いで利下げを実施し、資金繰りに窮した銀行を支援した。だが、すでに多くの資金は住宅市場でなく商品市場や外為市場に流れ込んでいた。

金融緩和政策は現在、米国の景気を回復させるより、むしろインフレの加速につながっている。原油、食糧品などの価格は歴史的な高水準にまで急上昇し、ドル相場は史上最低の低水準に下落している。ユーロ相場でみても、02年には1ユーロ=90セントであったが、現在では1ユーロ=1ドル60セントにまで落ち込んでいる。

FRBが今後、いくら金融緩和を継続させても、景気後退を短期間でとどめることは難しいだろう。現状ではスタグフレーション(インフレと景気後退の同時発生)を招く危険性すらある。いまFRBがすべきことは、金融市場の流動性を確保すると同時に、インフレを抑制し、あくまで銀行救済のため税金を投入するような事態を避けることだ。

世界中を見渡しても米国と同様の事態が生じている。米国系以外の銀行も米国の不良住宅債権を大量に抱え込んでおり、最悪の場合、世界不況に発展する危険もある。景気後退が米国だけならまだ望みはある。世界経済へのダメージをいかに少なくするか知恵を絞るべき時だ。

ジェフリー・サックス
1954年生まれ。80年ハーバード大学博士号取得後、83年に同大学経済学部教授に就任。現在はコロンビア大学地球研究所所長。国際開発の第一人者であり、途上国政府や国際機関のアドバイザーを務める。『貧困の終焉』など著書多数。

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