鉄道マンを育てた「幻の絵本」がついに復刊! 乗り物絵本の第一人者が描いた「山手線一周」

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(絵本に出てくるのと同型の、国鉄時代の山手線電車(103系、写真:髙橋義雄/PIXTA)

『でんしゃがはしる』は、山本さんと編集者の丹念な取材によって生み出された本だ。「絵本が1冊できるまでに、取材に最低1年は必ずかけていた」と山本さんの妻、洋子さんは語る。

この本の制作期間は約2年。山本さん自身による取材に加え、編集者が山手線の各駅で季節ごとに写真を撮影するなどの徹底した資料収集で、取材ノートは5冊に上ったという。

だが『でんしゃがはしる』は、その人気の高さにもかかわらず絶版が続いていた。その理由は、ところどころにある実際の風景との「違い」だ。

例えば、山手線と並んで小田急線の特急ロマンスカーが新宿駅に入ってくるシーンでは、ロマンスカーが進行方向右側の線路を走っており、左側通行が原則の日本の鉄道ではあり得ない。京成線が登場する日暮里駅付近のシーンでも、特急「スカイライナー」とすれ違っている電車は京成ではなく、新京成電鉄の車両になっている。

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消防自動車「じぷた」の前に立つ山本洋子さん。「1冊の取材に最低1年はかけていた」と山本忠敬さんの仕事ぶりを語る

ほとんどの場合、これらの「間違い」は山本さんのサービス精神によるものだろうと洋子さんはいう。山本さんの乗り物絵本に登場する乗り物たちは、リアルでありながら乗り物が語りかけてくるかのような、躍動感のあるデフォルメが魅力の一つ。

新宿駅のロマンスカーの場面もその一例だ。洋子さんは「やっぱりここではロマンスカーがこちら(読者の側)を向いていないと、と思ったんでしょう」という。

編集者として山本さんと長年絵本をつくり続け、今回の復刊を手がけた福音館書店の古川信夫・取締役書籍編集部長も「若い頃歌舞伎が好きだった山本先生は、大事な場面では乗り物が読者に語りかけるように『見栄を切らせる』のだとおっしゃっていた。リアルだけれども親しみやすい、読者に向かって走ってくるところが子どもや乗り物好きをわくわくさせる力になっている」と語る。

「間違い」をどうするか

実際、読者から寄せられた指摘も、いわゆるクレームではなく「非常に楽しく見せてもらったけどこういう間違いがあった、というような内容だった」(古川さん)。だが、サービス精神から生まれた演出であっても、絵本づくりに真摯に取り組む作家と編集者にとっては、子どもに間違いのある内容を見せていいのだろうかという悩みがあった。

古川さんは「そういう間違いがある本をもう一度出していいかどうかというためらいがあった。山本先生も積極的にこれを出してくださいとはおっしゃらなかった」と、長く絶版が続いた事情を語る。

だが、すでに三十数年前の絵本でありながら、復刊の要望は寄せられ続けていた。そして、2016年は山本さんの生誕100年だ。「絵本には今は見られないものがたくさん登場する。こういう電車が山手線と交差して走っていたんだというのを見てもらう意味はあるのではないかと、復刊に踏み切った」(古川さん)。

そこで力となったのが、この絵本で育った現役の鉄道関係者たちだった。

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