(第15回)<東国原英夫さん・後編>小学生のときの夢「芸人と政治家になる」を実現

(第15回)<東国原英夫さん・後編>小学生のときの夢「芸人と政治家になる」を実現

●芸人になるための学校=東京

 高校を卒業したら東京に行こうと決めていました。大学なんかどこでもよかった。
 早稲田、明治、専修大学と受験して専修大学に進学しました。このとき早稲田にも合格していたようですが、蹴ったというわけではないのです。お金がなくなったから仕方がなかったのです。
 二学部分の入学費用と受験費用を持って上京し、受験したのですが、東京で既に合格発表前にお金を使ってしまったから、一学部分の入学費用しか残ってなかった。だから、一番発表の早い大学に入学を決めたのです。一番発表が早いのは専修大学で、その入学手続きの締め切りが終わったときに明治、そのまた締め切りのあと、一番最後が早稲田の発表だった。確か3月10日だったと思いますが、専修大学は2月の十何日かに決めなくてはいけなかった。

 僕はどこの大学かなど全然気にしていなくて、UNIVERSITY(ユニバーシティ)はイコール東京(UNIVERCITY)だと思っていました。SとCの違いはあれども、東京が大学。とにかく都城を出て芸人になるために東京に行くわけですから大学という「学校」を重視していない。それは宮崎を出る、親元を出る口実のようなものでした。
 東京が学校と思っていたから、学校という枠を超え社会勉強が学校で芸人になるための勉強。東京にはチャンスがいっぱいあると思っていました。人のネットワークやコンペティション、メディアの数も情報も多い。大都市は才能の結集じゃないですか。テレビ局も、劇場も、小屋もたくさんあるし、刺激的で、東京全体が芸人になるための学校でした。芸人になるためにはいろんな経験も必要だとアルバイトをしたり。結局一番疎かになったのは大学でした(笑)。本末転倒なんですけどね(笑)。

 そのときに大学生活をきちんとしていなかったことと、早稲田に行かなかったという後悔があったので、41歳のときに謹慎になり、これはいいきっかけだ、死ぬ程勉強できるなと(笑)。仕事させてもらえないんじゃなくて、しなくていいんだって。なんちゅう考え方やってね(笑)。
 それで勉強させてもらいました。

●謹慎生活を学びの時間に

 今、社会人の方が再チャレンジで学校に入り直すといっても、時間的な問題や経済的な問題、あるいは家族の問題がありますよね。幸い、蓄えがあったので、生活には困らなかったし、そういうものがすべて奇跡的に条件を満たしラッキーでした。

 現役の大学生のときの勉強と41歳で勉強をするのとでは全く違いました。
 学問というものが自分の身になるとか、役に立つということの意識の差というのはすごくあります。41歳になると、41歳なりの考え方があるのです。
 たとえば人生が山を登ることだとすると、20歳のときよりも41歳の方が高見に登っている。いろんなことを経験していろんなものが見えてきている状況での学問というのは、自分が学問に接したいという知的欲求を持ったり、何か新分野にスキルアップしたいという目的意識を持った時の学問。これと、なんとなく学校や親に言われるから、学歴がないといいところに就職ができないから、資格がとれないからというような脅迫からと、自主性によるものとでは雲泥の差があります。ですから15、6歳で自主的に気づいた人間というのは恐ろしいと思います。普通ではあり得ない。変態だと思いますね(笑)。

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