良品計画元会長が語る
生産性向上の秘訣とは何か Vol.4
生産性向上には
「中小企業」「オーナー企業」
「販管費が低い企業」を
ヒントにする
社員からの反発を招きやすい経営改革。それでも効果につながれば皆が納得することに気づいた松井氏は、残業を減らすことにも知恵を絞る。さらに現場の問題点を把握できるように監査室を使って、トップと現場の距離を縮めるよう努めた。それは今の働き方改革を進めるうえでヒントになるだろう。そのために経営者には鳥の目と虫の目が必要であり、「全体」と「細部」を見ないと問題は解決できないと松井氏は言う。
社員の抵抗には「負けて勝つ」
経営者は現場を掌握しなければ、何事も始まらないということですね。
松井経営者が新しいことをやろうとすると、必ず社員たちの抵抗に遭います。経営者はその状況を上手に変えていかなければ、何もできません。
私の場合は、それに「負けて勝つ」というやり方で対応してきました。基本的に相手の言い分を全部聞くわけです。そうすると、できないこと、やれないことをたくさん言ってくる。でも、そう言ってくる人は説得できるのです。人は納得すれば、行動に移します。
そのときの秘訣は新しく始めた改革を必ず成果につなげることです。そうすれば、社内の半分以上の人間がやるようになる。そして、それをやり続けることで全社に広がっていくのです。それが最終的に社風を変えていくことになるのです。皆が納得するようになれば、行動が変わってきます。行動が変われば、社風も変わっていくのです。
改革に手をつけるとき、一部の中心的な部署や社員だけで進めてしまうと、疎外感を持ってしまう社員も出てきますね。
松井全社的に改革を始めるのは大変だから、まずは一部の部署でやってみて、うまくいったら全社に広げようという試みもあります。でも、そうしたケースは大抵の場合、改革に失敗しています。
改革をやる以上は全社で、経営者自らがトップダウンでやらなければ成功できません。もし部分的にうまくいっても、大半は抵抗勢力ですから、やっているほうが疲れてしまいます。協力した社員も点取り虫だと言われ、冷ややかに見られて終わりです。
社員の意識を変えるには、まず経営陣が変わらなければなりません。それには部長や課長の意識を変えることが必要です。部長や課長が「君たち頑張ってやってくれよ」と現場に言っていては、失敗するのは目に見えています。
会社の中核であるミドルクラスの意識を変えることが重要なのですね。
松井会社のコミュニケーションには二つの象徴的な言葉があります。一つは「五合目社員」という例えです。経営者は富士山の頂点ですから、暗雲が漂ってくれば、まもなく雨が降ってくることがわかる。一方、現場の社員は田んぼでカエルが鳴き出すと、そろそろ雨が降ってくるとわかる。しかし、中間にいる五合目社員は上と下に雲がある。だから、わからない。その五合目社員が課長・部長層ということなのです。
もう一つ、「粘土層」という例えがあります。上から指示をしても、ある層から情報がしみ込まない。その粘土層が課長・部長層ということです。どんな組織にも、この五合目社員と粘土層があります。改革を成功させるには、この二つの層を超える仕組みをつくらなければならないのです。そこを攻略すれば、組織の風通しが良くなっていくのです。
全体最適と部分最適
働き方改革は、同時にホワイトカラーの改革だとも言えますが、部課長クラスの意識をどう変えていけばいいのでしょうか。
松井彼らは担当する部署の価値観で動いています。これを「部分最適」と言います。たとえば、販売を担っている人たちは、担当するエリアの売り上げを最大化することが最大の目的になります。そのために課長は部下を叱咤激励して、指示を出します。自分で任された範囲で必死になるわけです。ところが、こうした活動が弊害を起こしてしまうのです。
さらに、その課長の下にスタッフが3人いるとします。課長は人間的にまじめですから、強烈に細かい指示をスタッフに出す。そして、その3人のスタッフはさらに現場に細かい指示を出すようになります。現場はあちこちから指示がきて、仕事ができなくなってしまう。そうすると、店はできることしかやらなくなる。そうやって、店は疲弊して実行力を失ってしまうのです。
課長クラスの「部分最適」を是正するために、どんな手を打ったのですか。
松井私は、課長の下についているスタッフをなくすことにしました。その結果、課長は自分が考えたことしかできなくなります。指示をする回数も大幅に減りました。組織的にもシンプルになって、課長は全体的な指示をするようになったのです。
言わば、課長の指示を「太い幹と枝」に限ることで、会社のタテのラインのコミュニケーションを非常にスムーズにするようにしたのです。これを「全体最適」と言います。
では、幹部社員にもっと全体最適を考えさせるにはどうすればいいのか。それは本社から外に出すことなのです。海外に行かせたり、子会社に行かせたり。本社から離れることで、かえって本社のどこに問題点があるのか気づくようになるのです。
大企業では、時に子会社などで冷や飯を食った人が社長に就くケースがあります。それは本社の人よりも、より深く問題の本質、やるべきことが見えているからです。多くの取締役は部門利益を優先しています。それがかえって会社全体の方向性をバラバラにしてしまうのです。そんなとき、子会社からやって来た「外様のリーダー」が、全体最適を基に意思決定して、大きな成果を生むようになるのです。
すべてを自分たちの
考えだけで決めてはいけない
生産性向上には、この部分最適を改めなければならないのですね。
松井部分最適の先に成果はありません。私も若い頃から、そんな思いをいつもしてきました。あるとき取締役の上司に呼ばれ、「俺は販売部の人間の面倒を見るから、手伝ってくれ」と言われました。
でも、その上司は販売部だけが良ければいい。だから、優秀なスタッフが来たら、離さない。商品が売れなければ、仕入れのせいにする。大企業病になっていれば管理部の責任にする。それでは、調整なんてできません。事業部の壁があるのは事実です。でも、それを打ち壊していかないかぎり、会社はダメになっていくのです。
生産性を上げるために、経営者はまずどこから手をつければいいのでしょうか。
松井結局、経営はトライ&エラーです。基本的には、目の前にある問題をどう解決していくかということから始まります。そこで大事なことは、トライを始めるときには、まず「現場」と「現実」を見て、実際の行動に移すことです。
そして、もう一つ大事なことは、すべてを自分たちの考えだけで決めないことです。では、どうすればいいのか。他社の取り組みを参考にするのです。
私は他社の試みを勉強する中で、「中小企業」「オーナー企業」「販管費が低い企業」の三つに生産性を向上させるヒントがあることがわかりました。それも異業種、特にメーカーです。私は、そうした特徴を持った企業やメーカーを、組織図を持って、見て歩きました。
私は、そうした事例を参考にして、会社の仕組みをすべてつくり変えていったのです。自社の常識は他社の非常識です。だからこそ、改革を進めるには外の血を入れてもいい。純粋培養の組織ほど、改革のときはマイナスに動きます。でも、外部人材を活用すれば、いろいろな知恵が出てきます。トライ&エラーを繰り返しながら、知恵は外から持ってくるのです。
自分の頭の中だけでは、何も解決しません。今の会社の状況を変えるために、効果をもたらすものは何か。とにかく実践を繰り返すことで、本当の正解を見つけるしかないのです。