投資に対する妥当性がわからない

 札幌市におけるITの維持コストは高止まりを続けていた。「旧来のシステムは、機能の追加を重ねた結果、まさに建て増しの忍者屋敷のようでした」と札幌市・総務局情報化推進部情報システム課の田中寛純氏は振り返る。

「システムが複雑化してしまって、目的の『部屋』に行けない、新たな『部屋』を追加すると全部が壊れてしまう可能性すらある。市民サービスを安定的に提供できるよう気を付けながらつくると、どうしてもお金がかかるし、提示されたコストに対する妥当性も不透明だった。システムとしても、また投資リターンを計るのにも、透明性の高い柔軟なシステムを再構築する必要があったのです」(田中氏)。

 システム刷新の指揮を執った小澤秀弘氏も続く。「ITは変化を促す道具であるはずなのに、ITが生み出している価値が見えないから、投資に対する妥当性がわからなかった。しかも自治体運営に使われているのは税金。より厳しい目をもって投資のリターンを追求しなければならない中で、ITの価値を説明できる、生み出される価値を職員、市民が“体感”できるシステムを構築したいと考えました」。

 そこで札幌市では、まずITを使う“利用者主導”で、市職員がコントロール可能な透明性の高いシステムをつくることができる開発手法であった独立行政法人産業技術総合研究所が策定するフレームワークの採用を決定した。さらに札幌市では新システムの導入に際し、複数企業による公正な競争入札を実施。プロジェクトを3段階に分けるなど受注単位を小さくする工夫を行って地元企業の参入を促し、地域経済の活性化の一端を担うシステムの構築を目指した。

「どんなシステムが欲しいのか。現場の課題抽出にも時間をかけました」と石原慎一氏は切り出す。「けれど真の課題を明言できる人は、なかなかいない。“こういう機能が欲しい”ではなく、まずは仕事を見える化して、現場の問題を明らかにする。それをITでどう解決するのか、場合によってはIT以外の方法で解決したほうがいいケースもあります。業務のミッションと照らし合わせながら、時間をかけてヒアリングし、何をシステムに落とすかを丹念に精査しました」(石原氏)。

 入札では、最も安価であったり、技術面で優れた提案を採用するわけだが、アプリケーションを支えるインフラとして「Oracle Exadata」を基盤とするシステムを複数業者が提案。「ハードウエアとソフトウエアが一体となっているため、安価かつ短期で導入を実現でき、データベースの要件など、われわれが求める機能が一つにまとまっているのが多くの提案の背景にあると思います」と小澤氏は話す。システム構築から運用はもちろん、テスト実施にも対応できるにもかかわらず、トータルコストという点で群を抜いていたのである。

 実際、今回のシステム刷新により、旧来システムを長期にわたって維持、運用した場合に必要となるコストと比較し、最大で約100億とも試算される劇的なコスト削減を図ろうとしている。それは市民への最大の還元と言えるだろう。

ITはイノベーションを生み出す道具

 新システムの稼働によって、今後は「こうしてほしい」という市民の多様なニーズにも応えやすくなるという。「行政のサービスは、当たり前のことを当たり前にできることが基本だが、新システムの柔軟性は、受け身になりがちな自治体サービスを能動的なサービスへと変える可能性を秘めています」。小澤氏は続ける。「たとえば、市民の方が市役所に来ていただくのを待つばかりでなく、蓄積された情報を活用して、こちらからライフイベントごとにお知らせを送るということもできる。やはりITは、いままでの業務に変革をもたらす、イノベーションを生み出す道具であってこそITですよね」。

 さらに札幌市では、今回構築したシステムを他の自治体と共同で利用することも視野に入れている。日本で4番目の人口規模を持つ札幌市だが、政令指定都市は日本全国に20ある。そうした業務内容が重複する都市と資産を共有することで、IT構築・維持コストを抑えるとともに、非常時のバックアップ体制も整えようというわけである。

「システムの移行プロジェクトは3分の1をやり終えたばかり。住民記録サービスに加え、今後は税、福祉・国民健康保険サービス分野へと、2015年の完全移行に向けて調整を進めていきます」と小野寺氏は意欲を見せる。生み出される価値を体感できるITへ――札幌市の挑戦は続く。

  • 総務局 情報化推進部 情報システム課 システム開発担当係長 田中寛純
  • 総務局 情報化推進部 情報システム課 システム開発担当係長 小澤秀弘
  • 総務局 情報化推進部 情報システム課 石原慎一
  • 総務局 情報化推進部 情報システム課 システム開発担当係長 小野寺良順

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