「業務効率化の恩恵」が、別の仕事で消えてしまうのはなぜか
――AIの進化が加速しています。日本企業におけるAI活用の現在地と、直面している課題についてお考えをお聞かせください。
入山 AIの活用は企業間で相当な温度差がありつつも、全体的な気運は着実に高まっています。問題は、活用してどうするか。そもそもなぜAIが必要なのかといえば、いわゆる生産性向上のためですよね。しかし、多くの企業では「無駄をいかになくし、業務効率化を実現するか」という話で止まってしまっています。「効率化の先」に何をするかを明確に見据えないと意味がないのに、そこまで考えられていないのが大きな課題だと思っています。
芹澤 同感です。私たちは2015年から、人事・労務領域を起点とするバックオフィスシステム「SmartHR」を開発・提供していますが、業界を問わず多くの企業から「とにかく業務を効率化したい」というご相談をいただいてきました。
代表取締役CEO
芹澤 雅人氏
2016年SmartHR入社。17年にVPoEに就任、開発業務のほか、エンジニアチームのビルディングとマネジメントを担当する。19年以降、CTOとしてプロダクト開発・運用に関わるチーム全体の最適化やビジネスサイドとの要望調整も担う。20年取締役に就任。22年1月より現職。
ところが、「業務を効率化・自動化して浮いた時間をどう使いますか」とお聞きすると、なかなか明確な答えが返ってこない。その状態で効率化を進めると、せっかく新規事業のアイデア出しなどに使える貴重な時間が生まれても、別の非生産的な業務で埋まってしまうのです。業務効率化それ自体が目的となってしまうことで、かえって業務量とAIの利用コストが増えてしまっているのが現状です。
――なぜ業務効率化が目的化し、「効率化の先」を見いだせないのでしょうか。
入山 ボトルネックとなっているのは「人と組織」です。AI時代を迎え、これから出てくる企業は、組織も戦略も採用もすべてAIがベースとなった「アフターAI企業」です。すでにアメリカでは、従業員1~2名で数百億円を売り上げる企業も出てきています。そういったアフターAI企業に勝つには、目まぐるしい変化に対応できるよう「人と組織」を抜本的に変革することが不可欠。だから、AI時代に生き残るカギは人事にあると私は考えています。
芹澤 AI以前の人や組織の枠組みだと、AIを本質的な意味で活用しきれないというのは私も感じています。とりわけ日本企業は、組織の流動性が低い傾向にありますので、AIに任せられる業務を担っていた人材をほかにシフトするといった動きが取りにくいでしょう。その点、アフターAI企業は、AI前提の組織構造をつくれるので、生産的な業務に集中し、少ない人数で大きな成果を生み出すことができるのではないでしょうか。
日本企業の「知の探索」を阻む「経営を甘やかす仕組み」とは
――不確実性の高いAI時代に、連続的な価値創造を行うには何が必要でしょうか。
入山 そもそも企業の存在価値は、ビジョンやミッションを達成して企業価値を向上させることにあります。業務効率化だけでは価値創造につながりません。不可欠なのがイノベーションです。
早稲田大学ビジネススクール教授
入山 章栄氏
慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。専門は経営戦略論、国際経営論。三菱総合研究所を経て2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院でPh.D.を取得。同年、米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。13年に早稲田大学大学院早稲田大学ビジネススクール准教授。19年から現職。同年『両利きの経営』(東洋経済新報社)を監訳。
私がよく言っている「両利きの経営」は、既存事業を伸ばす「知の深化」と将来の柱となる新しい事業や技術を生み出す「知の探索」を同時に行うことですが、イノベーションは「知の探索」でしか起こせないのです。日本企業の多くは「知の深化」に偏っていますが、これはAIが大得意とする領域なのでAIに任せて、空いた時間や人を「知の探索」に回せばいい。そうすれば企業全体がイノベーティブになり、企業価値が上がっていくと思います。
芹澤 日本企業が「知の深化」を得意とするのは、高度経済成長期の頃から磨き上げてきたインセンティブ設計が今も残っていることが大きいと感じています。逆に、「知の探索」のインセンティブが弱いのは、探索を後押しする人事制度や企業文化が十分に整っていないことに起因していると感じています。
入山 それは「知の探索」は失敗する可能性が非常に高いからかもですね。そのため、今まで取り組んだことのない企業も多く、評価や運用の難しさがあります。ですが、圧倒的多数の日本企業がまだやりきれていないので、多くの企業にとってはビッグチャンスだと思っています。
――日本企業の多くが「知の探索」に取り組んでこなかったのはなぜでしょうか。阻害してきた要因を教えてください。
入山 構造的な部分で最大の要因と私が考えているのが、日本企業特有の終身雇用です。終身雇用は「従業員を甘やかす仕組み」と思われがちですが、実は「経営を甘やかす仕組み」なんです。従業員が辞めないので、経営に緊張感が生まれず、人に投資しようという発想が生まれにくいんですね。最近、ようやくCHROを置く企業が増えてきましたが、経営戦略と連動した人事を推進できるリーダーが少ないのも、終身雇用が影響していると考えています。

芹澤 労働市場において人材の流動性が高まる中、企業には「働き手から選ばれる」ための競争原理が働いています。自社で働きがいを感じてもらえるよう、経営側がマネジメントを絶えず磨き続けなければならない時代になっていると感じます。実際、SmartHR社は9割以上が中途入社で、社内の流動性も高いので常にマネジメントを強化し続ける意識がリーダー層に根付いています。こうした市場の変化と経営上の緊張感があることで、新たな挑戦である「知の探索」を推進する土壌を生むこともできると思います。
入山 もう1つ付け加えると、「知の探索」や人材育成など人事領域の取り組みはどうしても時間がかかります。だから、日本企業における社長の任期の短さは大きな課題だと思っています。例えば、トップが数年で交代するたびに人事施策や変革の軸が変わり、長期にわたる一貫した取り組みができないことなども課題かもしれません。
AI時代に価値が高まる「一次情報」をいかに取得・活用するか
――「知の探索」に取り組める組織にするには、どのようなアプローチが有効でしょうか。
入山 AIで世界中の情報を集められるので、「知の探索」もAIでできると思いがちですが、実はできません。なぜなら、誰もが同じ情報にアクセスするので、差別化の源泉にならないからです。
では価値ある情報を得られる「知の探索」をするにはどうすればいいのか。今まで以上に外に出て、いろいろな人と会って話をすることが重要です。AIが持たない一次情報を取得できる「雑談」こそが、AI時代の「知の探索」には欠かせません。実際、世界のトップリーダーたちは積極的に対話の機会を設けています。AIが進化した先に残るのは「哲学」だと私は考えていますが、彼らはすでにそのことを理解し、100年先の未来について積極的な議論を交わしています。
加えて、「現場に行く」ことも重要です。言うまでもなく、ビジネスのニーズは社会課題にあるわけですが、現場を見て当事者の声を聞かなければ解決すべき課題は見えてきません。これは、今後不可欠になる「人と組織」の抜本的な変革においても同様です。例えば、私が社外取締役を務めるある企業のトップは、自ら人員配置にコミットしているのですが、社員の忘年会のほとんどに参加しています。現場で社員一人ひとりと対話をし、人材の最適配置に生かしているんですよ。
芹澤 社外の人との対話や現場での情報収集は、まさに「効率化の先」に生まれた余白を活用する「知の探索」ですね。そうした取り組みを人事領域で定着させるには、効率化だけではなく蓄積されたデータを活用することも重要になってくるのではないでしょうか。「知の探索」に対するインセンティブ設計がない現状だと、探索に向いている人材が埋もれてしまうおそれもあります。
そうやって人材の適切な配置を促せるように、一部のIT人材や人事部門だけでなく全員が使える従業員CRM(Customer Relationship Management)のようなインフラを整えることが大切です。人事部門のメンバーだけで議論していても「知の探索」は進みません。あらゆる部門で対話を深め、適切な人材配置をデータドリブンで実行していくことが、AI時代における「人と組織」の抜本的な変革につながると考えています。
入山 いいですね!今のお話で改めて確信しましたが、経営において最もコントロールすべきリソースの1つは「従業員の時間配分」なんです。これまで日本企業は「知の深化」にほとんどを費やしてきましたが、これからは1割程度に抑えられます。残りの9割を「知の探索」へ振り向け、その取り組みを適切に評価できる仕組みをつくる。これこそが、AI時代の企業変革の本丸と言っていいでしょう。それが実現すると、人事部門の役割も大きく変わっていきそうです。

芹澤 おっしゃるとおりで、これまで人事は年末調整のような煩雑な業務に追われてきました。しかし人事部門の人たちと話をすると、一人ひとりに向き合いながらその成長を支援したいと考えている方が多いと感じます。積極的にコミュニケーションを取って「知の探索」を進められるようになれば、従業員はもちろん人事のポテンシャルも解放できます。
入山 それをAIでサポートするには、さまざまなコンテキストのデータが必要ですから、確かに誰もが使いやすいツールが必要になりますね。
芹澤 はい。これまで人事領域をはじめとするバックオフィスのツールは、管理部門が管理・把握するためのものでしたが、これからは従業員一人ひとりが、必要な場面で必要なデータを活用し、「知の探索」を促せる組織全体のインフラへと再定義すべきだと思っています。
入山 「誰もが使える」だけではなく、「誰もが使いたくなる」システムだといいですよね。使うことで、自分にもメリットが返ってくることが大切だと思います。
芹澤 まさにそうですね。みんなが使うことで一人ひとりのデータが蓄積され、それがAIに組織のコンテキストを与える資産になります。一部の経営陣や人事部門だけでなく、従業員一人ひとりがデータを活用し、自分やチームの可能性を広げられる。そうした「人事の民主化」を、働くすべての人にとって使いやすい「worker-friendly」なサービスを通じて進めていきたいと考えています。

