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日本でも深まる「リベラル不信」の正体  「過激なリベラリズム」が招いたアメリカを蝕む「冷たい内戦」

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アメリカ合衆国連邦議会議事堂
「果てしなき自由と進歩の追求」がもたらしたものは何だったのか?(写真:makoto.h/PIXTA)
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庶民たちは今や「階級意識」を獲得しつつある。ただしそれはマルクス主義的な革命思想としてではなく、「経済的には労働者・国内産業の保護を求め、社会的・文化的には秩序と伝統を重視するポピュリスト」として立ち上がっているのである。

求められるのは「共通善」に基づく真の体制転換

リベラリズムが提示する「解決策(さらなる自由化と進歩の推進)」こそが、社会の分断と倒壊を深刻化させる原因そのものであると判明した以上、私たちは表面的な政策変更ではなく、より根底にある統治理念の転換を模索しなければならない。

それこそが、本書が提示する「体制転換(レジーム・チェンジ)」であり、「共通善保守主義(Common-Good Conservatism)」への移行である。

ここで言う「体制転換」とは、既存の民主的制度や憲法枠組みそのものを暴力的に破壊することを意味しない。そうではなく、腐敗し自閉化したリベラル支配階級のあり方を平穏かつ断固として退け、制度を運用する要職や指導層に「まったく異なる統治倫理」を浸透させることである。

では、その根幹となる「共通善保守主義」とはどのような政治思想なのか。

第一に、個人主義や絶対的な「進歩」のイデオロギーを拒否し、人間関係の安定、世代間の継続性、家族や地域の秩序といった、全ての人が共有できる非私的な価値(共通善)を政治の中心に据える。

第二に、古代アリストテレスや古典政治学が説いた「混合国制(混合政体)」の伝統を現代に復元する。すなわち、エリート層の暴走や傲慢さを大衆の「常識(コモンセンス)」によって抑制・補正し、同時に大衆が陥りがちな感情的過激さを高潔な指導層の責任感によって導くという、双方の階級が互いを高め合う調和の政治秩序を再構築することだ。

現代のエリート層が過去半世紀にわたって推し進めてきた方向性によって、労働者階級が豊かに暮らす見込みは極めて低くなった。この打開には、エリート層の中から大衆の慣習や希望を理解し、真の「共通善」に奉仕する新たな指導者を創出することが不可欠である。

個人の解体と社会の砂漠化を進めてきた過激なリベラリズムの時代を終わらせ、私たちが人間らしい絆を取り戻すための挑戦は、いま始まったばかりなのだ。

[訳:角敦子]

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