祖業の技術力を強みに社会課題解決を成長へつなぐ
キリンホールディングス 代表取締役社長COOの南方健志氏は、「キリングループのCSV経営と価値創造」と題した講演で、祖業で培った技術力をコアに、CSV(Creating Shared Value=共通価値の創造)を経営の羅針盤としながら社会価値と経済価値の両立に取り組んできた道のりについて語った。
「1907年の設立以来、約120年にわたって当社の事業の根底にあるのは、祖業のビール造りで高めてきた『発酵・バイオテクノロジー』の技術です。この技術を核として、医薬事業、飲料・ヘルスサイエンス事業に事業展開を行い、酒類を含めた3つの領域で価値創造を目指しています」
そう、力強く述べる南方氏。だが、現在に至るまでには苦しい時代があったと振り返る。
南方 健志氏
2019年のヘルスサイエンス事業への参入発表後には株価が急落、将来性が不透明な事業への参入に対する投資家の視線は厳しく、2020年には海外投資家から酒類事業への集中を求める株主提案を受けた。当時の社長が投資家との対話を重ね、自らヘルスサイエンス事業の戦略と成長への道筋を説明したことで、株主からの信頼と共感を獲得し、最終的に株主提案は否決された。
資本市場から疑問の声が上がる中、それでも新たな事業への挑戦を進めた原動力は何だったのか。参加者との質疑応答で、事業の多角化の捉え方について問われた南方氏は次のように話す。
「新規事業の方向性を定めるうえで、自社の強みは重要な判断軸です。当社も既存事業と接点のない飛び地の領域を検討したこともありますが、キリングループが取り組む意義や優位性を見定めるとともに、既存事業で培った技術の価値を最大化できる領域を選択しています。
また、不確実性や複雑性が高まる経営環境の中で、事業の多角化においては事業間のバランスを意識した経営が不可欠です。グループ全体のレジリエンスを高めるためにも、それぞれの事業が互いに補完し合いながら、環境変化に応じて事業ポートフォリオを柔軟に見直し、新たな成長機会を取り込むことが求められます」
こうした同社の経営を支える重要な指針が、社会価値と経済価値の両立を目指すCSVである。従来のCSR(Corporate Social Responsibility=企業の社会的責任)から進化させたものとして、社会と共に持続的な企業価値・成長に向けた考え方だ。
「人々の生活や価値観、消費者の期待やニーズが絶えず変化していく時代において、変化を先取りしながら企業価値に転換できる社会課題を抽出する視点が欠かせません。キリングループだからこそできる価値創造として、取り組むべき社会課題の中心に“健康”“コミュニティー”“環境”を置いています」
特に、健康分野での価値創造にこだわり、取り組み続けてきたことは、前年度のヘルスサイエンス事業の黒字化にもつながっている。コミュニティーとの共生や環境課題への取り組みも積極的に推進しながら、「生活者のこころと体の健康」の価値創造を目指し、企業価値を高めている。
南方氏は最後に、CSV経営を実現するうえで欠かせないのは「現場」の理解だと明かした。
「戦略がいかに緻密であっても、内部プロセスや現場のマインドが伴わなければ実行力を高めることはできません。私がモットーとし、実践しているのが『Go to “ゲンバ”』です。とにかく現場に足を運び、社員と対話して課題やヒントを抽出し、課題解決につなげています。
特に社員には、CSVを自分事として捉えてほしいと伝えています。日々の仕事が社会課題の解決につながっていることを一人ひとりが実感し、誇りと使命感を持って力を発揮できるよう対話を重ねていくことも、経営の重要な役割だと考えています。これからもCSVを当社の経営の羅針盤として据え、人と技術の力で社会課題の解決と企業価値の向上を両立し、世界の元気に貢献してまいります」
ステークホルダーとの誠実な対話が導く価値創造
武田薬品工業 取締役 チーフ フィナンシャル オフィサーの古田未来乃氏は、デロイト アジア パシフィック ボード議長の永山晴子氏と「マルチステークホルダー時代における価値創造とCFOの役割」をテーマに対談を実施した。
世界に従業員を約5万人擁し、約80の国と地域に医薬品を提供している武田薬品工業は、近年、グローバルでフラットな組織運営を推進している。
古田 未来乃氏
「従来は、国や事業ごとに責任と権限を移譲する考え方が根付いていました。ファイナンス組織も同様で、各部門に配置されたメンバーがそれぞれの部門長に報告する体制を敷いており、ファイナンスをビジネスに組み込みやすい面がありました。一方で、全社視点で見ると、部門ごとの最適化が進み、標準化が図りにくいという側面もありました。そこで、2026年4月より各部門のファイナンスメンバーのリポートラインをCFOに一元化し、各部門で個別に運用されてきた業務の集約や標準化、さらには効率化を進めています」
ここで、「グローバルないしグループ内でのファイナンス組織の連携で最も課題に感じること」について会場参加者に問いかけたところ、「財務システム・データの統一」との回答が最も多かった。
同社も同様の課題を抱えているが、古田氏はその先の課題に目を向ける。「当社では約10年前にERP(統合業務システム)を実行し、データを一元化しました。われわれの目下の課題は、そのデータをいかに活用するかです。データの品質を高めながら全社横断的に活用し、ファイナンスとして新たな価値をどう生み出していくかが次の挑戦です」
永山 晴子氏(左)
永山氏から、今後目指すファイナンス組織の姿を問われた古田氏は、「経営と事業を支える高度なビジネスパートナーへの進化」と掲げ、次のように語った。
「ファイナンス組織の存在意義は、持続的な成長を通じた企業価値の最大化です。これは時価総額を上げるだけにとどまりません。投資家だけでなく患者の皆様、従業員、サプライヤーなど、多様なステークホルダーにとって価値を最大化することが目標です。
そのために会社の資産を適切に管理し、経営資源を適材適所に配分するとともに、投資リターンの最大化を追求していくことがファイナンスの重要な役割です。同時に、プロセスの標準化やデジタル化を進めながら、経営と事業を支える戦略的なビジネスパートナーとなることを目指します。この考え方はFinance Visionとして世界中のファイナンスメンバーと共有しています」
再び参加者にアンケートを行い、「マルチステークホルダー時代における経営判断の軸」は何かを聞いたところ「中長期的な持続可能性・成長性」が半数近くを占め、次いで「企業理念・パーパスとの整合性」「社会価値と経済価値のバランス」と続いた。この結果を受けて古田氏は、自社の考え方について共有した。
「『タケダは、世界中の人々の健康と、輝かしい未来に貢献する』という確固たる企業理念があります。これは当社の存在意義そのものであり、医薬品事業を行う企業として、社会価値と企業価値の強い結び付きを示します」
一方で、その結び付きの強さゆえにジレンマを生むこともある。各国の薬価制度と医薬品へのアクセスをいかに両立させるかなど、経済合理性だけでは解を出せない課題が存在するからだ。
「経済価値だけでは測れないからこそ、ステークホルダーとのコミュニケーションでは最大限の透明性を確保し、相手によって説明を変えることなく、つねに誠実であることを大切にしています。CFOとして経済価値を追求することは重要ですが、製薬企業として、患者さんへの貢献や創薬イノベーションも欠かせません。その難しいバランスを取りながら、各ステークホルダーにとっての価値を生み出し続けることが経営者の役割だと考えています」
企業理念を軸に、多様なステークホルダーの視点を踏まえた経営判断の重要性を語った古田氏。最後に、ファイナンスの論理を唯一の正解とせず、各部門との対話を重ねながら組織と経営チームを支えることがCFOの重要な役割であると述べ、セッションを締めくくった。
進化するポートフォリオと人材が生み出す成長の循環
最後に登壇した三井物産 代表取締役社長の堀健一氏は、「企業価値向上と社会課題解決の好循環」と題した講演を行った。
「当社が描く『好循環』の実現には、複雑性の高い社会課題の解決と、持続的な質の高い利益の実現の両立が欠かせません。その両立こそが、企業価値の向上とステークホルダーから信頼され続ける存在であることにつながると考えています。この考え方を事業のパートナー企業とも共有しながら、社会価値と経済価値の創出に取り組んでいます。
当社は、社会に貢献する責任あるビジネスコミュニティーのメンバーでありたいと心がけています。そのためには私たち自身が発信する価値やコンテンツをつねに磨き続けなければなりません。大きな挑戦ですが、それだけにやりがいを感じます」
こうした姿勢は、パートナー企業のみならず、主要なステークホルダーである投資家との対話にも通ずる。
「総合商社は事業ポートフォリオが多岐にわたることから、かつては資本市場から十分な理解を得ることが難しいときもありました。しかしわれわれはトレーディングやマーケティング、サプライチェーン対応、リスク管理といった商社の基本機能を磨きながら、新たな成長機会を捉えて投資を行い、さらにはその周辺領域へと事業を広げてきました。コアとなる強みはぶらさず、時代とともにポートフォリオは絶えず変化させていく。そうした考えを投資家との対話でも一貫して伝えています」
堀 健一氏
IR活動を特定の期間で行うのではなく、常時対話する姿勢を続ける中で、多様なポートフォリオが生み出す潜在価値への理解も深まってきたという。同社はポートフォリオの進化を一丁目一番地に据え、社会価値を企業価値に転換し続けている。現状6兆円超のパイプラインを形成し、戦略性やリスク、リターンを多面的に評価しながら、経営と現場が一体となって厳選した案件のみを実行に移している。
「投資の入り口と出口だけでなく、その間の『ミドルゲーム』にも経営として重きを置いています。投資後、強い意志と覚悟を持って事業の良質化を図ることで、基礎収益力を高めるとともに、エグジット時のキャッシュイン極大化にもつながります。それが次の成長投資の原資となり、新たな価値創造へと循環していきます。ミドルゲーム巧者でなければM&Aは成功しません」
ミドルゲームへの関心も高く、質疑応答ではその重要性をいかに社内に定着させてきたのかという質問が寄せられた。
これに対し堀氏は評価体系を挙げ、「ミドルゲームでの取り組みは、一見すると地味に見えるかもしれません。しかし、将来のリスク回避や新たな成長機会を生み出すには、業界や事業を深く理解し、地道な取り組みを続けていく必要があります。担当している期間に成長はできなかったけれども、重大なリスクを回避して赤字を免れたといったことも大きな達成事項です。だからこそ、事業価値の向上に貢献した成果を正当に評価できる仕組みを整えるとともに、その重要性を社内に発信していくことが大切だと考えています」と答えた。
独自の強みを保ちながらポートフォリオの変革を継続できている背景には、強い経営チームの存在がある。
「経営チームのメンバーはそれぞれ管掌を持っていますが、互いに補完し合えるよう全社目線を徹底し、組織全体のビジネス目線の底上げに責任を持っています。また、各自の担当領域や世界各地で得たビジネスインテリジェンスを鮮度高く共有し、経営判断に反映していく仕組みこそが、当社の持続的成長を支えるエンジンとなっています」
講演の締めくくりとして堀氏は、同社が大切にする人材について思いを語った。
「社会課題に対して、意思と専門性、そして高い志を持って向き合い、現実解を提供するプロフェッショナル人材を育成することは、CEOとしての重大な責務であると考えています。また、AIとの共存が前提となる時代においても、本質を問う『Independent Thinker』であれと社内に発信しています。
当社には『挑戦と創造』というDNAがあります。いつの時代も変わらないものとして大事にしながら、社員一人ひとりの個性を伸ばし、挑戦を後押ししていきたいと思っています。その基盤を築き、人材を育む企業風土を継承すること。そして、企業価値の向上と社会課題の解決に両輪で取り組める組織づくりを行うことが、CEOとCFOが一体となって果たすべき使命だと強く感じています」
マルチステークホルダー時代において、社会価値を企業価値へとつなげる道筋は一層複雑化している。しかし、各講演で共通して語られたのは、ステークホルダーとの対話を粘り強く続け、自社の強みを信念としながら変革に挑み続けることであった。参加各社にとって、改めて経営とは何かを問い直す契機となり、それぞれの新たな価値創造と次なる挑戦へのヒントにつながっていくことを期待したい。
>Finance Leaders Summit 2025「持続的成長に向けた日本企業の変革のあり方」
