「AI投資が成果につながらない」組織構造の落とし穴
――AIへの投資が、自社の成果につながっていないという声が少なくありません。なぜこうしたことが起こるのでしょうか。
田川 多くのクライアント様をご支援する中で、AI投資を成果につなげるボトルネックは、テクノロジーそのものではなく、人・組織・業務の設計にあると感じています。新しいテクノロジーを導入しても、人の役割や業務プロセス、マネジメントのあり方が変わらなければ、十分な成果にはつながりません。
重要なのは、導入そのものを目的にするのではなく、人・組織・業務を一体で捉え直し、企業のあり方そのものを変えていくことです。そのためには個人単位で評価するだけではなく、組織全体としてどのような行動や連携が成果につながっているのかを捉え、マネジメントや仕組みのあり方に反映していくことが重要だと考えています。
HRM Co ディレクター
田川 絵理氏
二宮 AIを組織の成果につなげるには、個人の能力と組織の仕組みの両方が構築されていることが必要です。マイクロソフトの年次報告書では、両方の数値が高いフロンティア層はまだ19%にとどまっています。一方で、最も高度にAIを活用している「フロンティアプロフェッショナル」と呼ばれる層の80%が、AIによって1年前にはできなかった仕事を生み出していると回答しています※1。
※1 Microsoft「Microsoft 2026 Work Trend Index Annual Report」
このような組織では、AIやエージェントに実行を任せることが増える一方、人には目的を定め、判断し、成果に責任を持つ「Human Agency」と呼ばれる主体性が求められます。その基盤となるのが、権限管理やプライバシー保護がなされた、全社横断で活用できるデータです。
メディア・エンターテインメント統括本部
アカウントテクノロジーストラテジスト
二宮 新氏
「強い個」を生かし、「強い組織」へ転換
――電通自身も組織変革に取り組んできたそうですね。それまでの電通には、どのような課題があったのでしょうか。
田川 電通には、高い専門性やクリエイティビティを持った「強い個」が存在しています。それは私たちの大きな強みです。一方で環境変化が速い時代には、一人ひとりの力を高めるだけでなく、個の知見や経験を掛け合わせ、組織全体の力へとつなげていくことがより重要になっています。
「強い個」を生かしながら、その知見や成果を組織に蓄積し、新たな価値を継続的に生み出せる「強い組織」へ。電通自身も、そうした仕組みをつくる方向へと変革を進めてきました。
――実際に社内で、そうした環境の変化を感じますか。
佐々木 ここ数年、社内の組織やグループ会社の垣根を越えて、どんどん横の連携ができている実感があります。例えば、AIに相談するとどの部署にどのような知見を持った人がいるのかを教えてくれる仕組みがあります。この仕組みによって必要な知見や人材につながりやすくなり、コラボレーションが促進されていると感じます。
変革パートナー2部 ビジネス・デザイナー
佐々木 学氏
――こうした組織改革に取り組むために、意識されたことは何でしょうか。
田川 最も意識したのは、「一度変えて終わり」にしないことです。組織変革で重要なのは、環境の変化に合わせて「変わり続けられる仕組み」を持つことだと考えています。そのために、組織全体のデータから成果につながる行動の傾向やボトルネックを可視化し、得られた知見を次の行動や連携につなげ、また検証する。こうした循環を組織の中につくることを重視してきました。
そうして、自社で培った変革の知見をクライアント様にも生かしていく。その一つが、電通総研と開発し、日本マイクロソフトと協働して提供する「HR×AIの組織変革プログラム」です。
業務行動データで組織の変化を捉え、改善に生かす
――両社が協働して開発したプログラムでは、具体的にどのような支援が可能になりましたか。
佐々木 組織の中でどのチームが、どれくらいコミュニケーションを図っているのか。あるいは、リーダーに求められる行動指針に沿って、リーダー層は本当に行動できているのか。 Microsoft 365 の環境に蓄積される業務コラボレーションデータを活用し、こうした疑問を経験や勘だけに頼らず、客観的に分析することが可能になりました。

二宮 ご利用いただいている組織の Microsoft 365 の環境には、チャットやメール、会議、ファイルなど、日々の業務に関わるデータが蓄積されます。これらを組織内の各管理基準、セキュリティ方針に基づいて適切に活用することで、組織全体のコラボレーション傾向や業務パターンを分析し、組織の状況を把握できます。
国内では幅広い業界でご利用いただいており、日経225企業における Microsoft 365 Copilot の導入率は94%(2026年3月時点)を超えています※2。
※2 日本マイクロソフト「AIが変革するビジネスの現在地から未来へ - Microsoft AI Tour Tokyo 開催」
佐々木 蓄積されたデータを電通が分析・評価し、診断として提供しています。その一つが、社内のコミュニケーションの壁や、会社のカルチャーが浸透していない理由を分析する「カルチャー診断」です。個人のメールやチャット本文を直接見にいくのではなく、メタデータやアクティビティデータ(会議出席状況・頻度・時間)の集計を行い、匿名化して分析します。またその際、現状の行動指針や企業独自のビジョンを分析基準として用い、組織全体におけるコミュニケーション傾向を定量的に把握します。
こうして可視化された情報を基に、「どのようなカルチャーを目指すのか」「そのために、人や組織の行動をどう変えていくのか」をクライアント様と共に考えます。そのうえで、浸透させたいカルチャーや行動を具体化し、時には100通りに及ぶ施策の可能性を検討しながら、適切な打ち手を設計・実装していきます。最終的にはその効果を検証し、継続的に改善できる仕組みづくりまでご支援しています。
二宮 マイクロソフトは、AIやエージェントの活用から得られた知見を共有し、業務プロセスに反映して次の仕事を改善する組織を「Learning System(学習する組織)」と表現しています。成果を評価し、その学びを次の業務設計に生かす。この循環を組織として回し続けることが重要です。
カルチャーや組織へのエンゲージメントのように捉えにくいテーマについても、今回のプログラムを通じて独自の従業員調査などの定性データに定量データを組み合わせることで、現状や変化を継続的に把握し、施策の改善に生かせるようになりました。
田川 日本マイクロソフトには、業務行動データを通じて組織の状態を客観的に捉える強みがあります。一方で電通には、長年培ってきた人への深い理解を起点に、人の心を動かし、行動変容につなげていく強みがあります。つまり、組織全体の状態や行動の傾向をデータから捉え、そこから人や組織の行動変容を促し、変革を実装していく支援が可能ということです。

――人とAIの役割も大きく変わってきています。企業が変革し、競争力を高めるためには何が重要になるのでしょうか。
佐々木 AIを使うと、自分たちの「らしさ」や人間性が失われるのではないかという声を聞くことがあります。しかし、実際にはAIを通じて社内で暗黙知となっていたノウハウや知見を言語化し、情報資産にすることが可能です。そうした「企業固有の資産」をAIが参照できる形で蓄積し、活用することが重要だと感じています。
二宮 人が学び続けることが、企業の競争力の源泉だと考えています。人や組織が培ってきた知識や判断力、企業に蓄積された暗黙知をAIが業務に生かすことで、変革のスピードが速まります。またそのAIの活用から人が学び、新たな知見を蓄積する。人とAIが共に学び続けるサイクルを構築する必要があるでしょう。
田川 組織変革にはデータによる「可視化」だけでなく、そこから実際に人や組織が「変わる」ところまでつなげることが必要です。両社の強みを掛け合わせることで、データを起点に変革を実装し、その効果を検証しながら組織が変わり続けられる仕組みまで支援できることに、大きな価値があると考えています。
