なぜ現場は、戦略が届いているのに動かないのか
――AIを業務に組み込みながら企業変革を進める中で、増えている悩みや要望は何でしょうか。
笠置 近年、AI前提の戦略をつくるうえで多くの課題が生まれています。AI導入に関するものが中心だったこれまでと比較して、今は組織そのものをどのように変革し、そこにどうAIを組み合わせていくのか。先行きが不透明な時代の中で、そういったお悩みが増えています。
変革パートナー5部 ビジネスプロデューサー
笠置 総一郎氏
安田 社会やビジネス環境が大きく変化するAI時代に、どのような自社の未来を描くべきなのか。そして、AIによってあらゆるものが同質化してしまうおそれのある中で、その企業らしさや独自性を改めて見つめ直し、いかにして組織や業務に実装していくのか。こういった要望も増えていますね。また、これまでのAI活用は業務効率化に集中していました。しかし現在は、いかにAIを事業成長につなげられるかというフェーズに移行しつつあります。
安田 裕美子氏
笠置 戦略の重要性は変わらないものの、戦略をいかにして徹底的に実装させていくかという観点が重視されています。そのうえでAIによって、実装のプロセスが驚くべき速さで動くようになっています。これが今最も大きな変化です。
その変化に対応していくために、私たちは「スピード」と「徹底」という2つの軸が重要だと考えています。スピードとは、経営陣から現場までが解像度高く合意形成して実装するまでの速度。そして徹底とは、企業の戦略やビジョンを、従業員一人ひとりが高度に体現する状態になるまでやりきることです。
安田 DX時代と異なり、AIはテクノロジーとしての民主性が桁違いだと感じています。トップ自らAIを学んでいる企業も少なくなく、自ら手を動かしてビジネスへのインパクトを肌で感じ、全社へAIの浸透を促しています。結果的にAIにより庶務の平準化や時間の短縮はできているものの、企業の競争力を強めるような利活用はこれからと感じます。
迅速な戦略実装の前提となる、不変の判断軸
――これまで、戦略の実装が現場で失敗するケースが多かったのはなぜでしょうか。
笠置 様々なクライアント様と向き合う中で、企業のビジョンが現場の中で腑に落ちず、正しく体現することが難しかったのが大きな要因ではないかという仮説が見えてきました。これは、組織という構造が必然的に生み出してしまう力学ではないでしょうか。
今まで、ビジョンを全社に浸透させるためには、言葉での説明を繰り返すしかありませんでした。その一方で、経営側が会議を重ねて資料を作り、言葉を尽くしても、現場の頭の中のイメージが一致しているかどうかはわかりません。
現場視点で考えると、全体最適の観点で定められた方針や言葉を、自分の責務の範囲に落とし込まなければなりませんでした。現場に経営方針が浸透するまでに時間がかかるほど、描いていた時点では正しかったはずの戦略が機能しないということが起こっているように感じます。
安田 そもそも、AIのあり方も含めて刻一刻と企業を取り巻く状況が変わる中で、中長期での詳細な計画を立てること自体が難しくなっています。大きな方針はぶらさずに、かつ、短期間のサイクルで、アップデートしながらマイルストーンを置き続けることが重要な時代です。だからこそ、「経営と現場のレイヤーを横断していく合意形成」と「合意した内容の実装を徹底するためのスピード」の両方が欠かせません。
多くの企業と同様に、dentsu Japan(国内電通グループ)も変化し続けています。しかし、変化することを目的とせず、われわれのDNAとこれからのなりわいを問い続けています。自分たちはどこから来て、どこへ向かうのか。この問いを従業員全員が持ち続けることが、変革への拠り所となるでしょう。

――スピードと横断型の合意形成に加えて、従業員に「企業のDNA」を浸透させる価値も高まっているのはなぜでしょうか。
笠置 AIはあらゆる情報を収集・参照するため、経営層の行動や発言だけでなく、従業員一人ひとりの行動がその企業を代表するという状態になりました。
言い換えると、あらゆるステークホルダーから思いがけない細かな部分まで見られる可能性がある、ということです。そうした意味で、発言と行動のギャップを生まないためにも企業のブランドフィロソフィーやDNAを個人の範囲まで浸透させ、意識しなくても体現できることの重要度が増しています。DNAに根差した誠実な行動原則を持つ企業が、最終的にステークホルダーからの信頼を獲得できるのです。
安田 また、AI時代は個人の能力が飛躍的に拡張するといわれています。そうなると、組織や企業に属している意味を働く側が改めて考えるようになると思うのです。そのため、企業のブランドフィロソフィーやDNAへの共感をいかに働き手から得られるかがカギとなります。さらに物事を動かすための人間が持つ熱量の重要性も、相対的に増していきます。従業員のモチベーション向上も、今以上に経営層の重要な責務になるのではないでしょうか。
実装を「具体化」して議論することで、戦略を迅速に進化させる
――実際に企業の戦略を正しく実装させるために、どのようなアプローチをされていますか。
笠置 AI時代になり、クライアント様への戦略提案のあり方は変化しました。具体的には、「言葉で概念を説明すること」から「実装される形を具体的に見せながら磨き上げること」に移行しています。
例えば経営戦略がテーマであれば、これまでは企画書を基にして議論していました。しかし今は、経営戦略を可視化するAIダッシュボードと、その戦略を従業員一人ひとりが体現することを後押しするAIバディ※のプロトタイプを作り、「経営戦略が仕組みとしてどう企業に実装されるか」を意識してプロジェクトを進めています。
※経営の意図、現場データ、業務上のルールを参照し、判断や次のアクションを支援するAIによる対話型の仕組み
今回機密情報をいっさい含まず、かつどの業界にも共通する経営課題を再現するため、架空の不動産会社でデモを制作しました。これまでの議論は、対話と資料をベースに戦略の骨子を積み上げていくというのが一般的でした。しかし現在はこれを使って経営層から現場までが同じイメージを共有しながら、経営における課題や力点、現場での戦略体現の理想を解像度高く議論し、戦略を磨き上げることができます。
笠置 今回はあくまでも一例ですが、dentsu Japanでは必要に応じて企業が望むものを形に落とし込んでいく仕組みを整えています。
安田 このようなAIバディやダッシュボードは、ビジネスプロデューサーである笠置が制作しました。戦略を描く人間が、自ら動くものを作ってクライアント様と対話する。この新しい職能を、dentsu Japanは組織的に整えています。エンジニア職ではない従業員が、企業と直接対話しながら変革を全社に浸透させるための仕組みを具体化できるようになり、私たちの提案プロセスも大きく変わってきています。
私たちは実行力を強みに一貫して企業の成長にコミットしてきましたが、今は競争環境が激変しました。広告宣伝以外のアプローチからも人起点での企業変革に寄り添う必要があると考えています。
笠置 電通の「人の心を動かす」力――生活者のインサイトを読み、それに刺さるメッセージと体験をつくる力――は、組織変革にそのまま転用できます。組織変革も突き詰めれば「人にやりたいと思わせること」ではないでしょうか。
AIバディも「ただ導入するだけ」では終わらせず、一緒に手を動かし、従業員が自発的にアクセスしようと思える環境づくりを企業と一緒に構築することが求められます。現場の声がAIバディを通じて戦略に還元され、さらに成長する。この循環が回り始めたとき、戦略は進化するようになります。
戦略を描いて終えるのではなく動く形で試し、現場の学びを戦略に戻す。この高速ループを、企業固有の判断軸を持ちながら回すことがAI時代の実装です。AI時代の戦略策定と浸透のプロセスは今まさに変わってきています。dentsu Japanは経営と現場の両方の視座から「何をやるべきか」を徹底的に考え、高速で実装していくためにご支援いたします。
