人が変わればやり方も違って当然
――出口さんは長年のサラリーマン経験と起業した経験の両方を持っています。事業承継を成功させる肝はどこにあるとお考えでしょうか。
ライフネット生命保険創業者
出口 治明氏
1948年、三重県美杉村(現・津市)生まれ。72年、京都大学法学部卒業後、日本生命入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て2006年退職。同年、ネットライフ企画を設立し、代表取締役社長に就任。2008年、ライフネット生命保険に商号変更。12年、上場。18年1月より立命館アジア太平洋大学(APU)学長を務め、24年1月より現職
出口 重要なのは何事も一度、その会社や事業にとって何が大切かを踏まえたうえで、白紙から柔軟に考えていく姿勢です。例えばサラリーマン時代、勤務先では皆、入社年次に応じて呼び方を「さん付け」と「呼び捨て」で使い分けていました。しかし、ライフネット生命をゼロから立ち上げるときは、全社員を年齢や役職に関係なく「さん付け」で呼び合うことにしました。「年齢フリーで定年のない会社にしよう」と決めたので、論理的に考えた結果、必然的にそうなったのです。そもそも起業した当時はネット専業の生命保険会社は日本に存在せず、従来にはないビジネスを始めようとしていたので、いろいろなことを白紙から考えていく必要がありました。事業承継も同様で、先代のやり方をそのまま守ればよいというものではありません。
――ファミリービジネスとそうでない企業では、事業承継をする際にそれぞれどのような課題に直面しやすいですか。
出口 ファミリービジネスかどうかで、やるべきことが大きく変わるとは思いません。親子であっても、先代と後継者は異なる人間です。先代がどれだけ偉大であっても、後代は後代。自分にできることしかできません。先代が偉大なために、「従来のやり方を引き継いでいかなければ……」という意識が強すぎる後継者がいるかもしれません。もちろん受け継ぐべきものはあるでしょうが、人が変わればやり方も違って当然です。まして先代にコンプレックスを抱き、社長としてやるべき職責を十分に果たせないのなら、辞めてしまったほうがよいかもしれません。
事業承継における重要な仕事とは
――事業承継で必要な覚悟や意思決定はどのようなものですか。
出口 ライフネット生命は創業当初は僕が社長で岩瀬大輔が副社長、2013年からは僕が会長、岩瀬が社長として陣頭指揮を執ってきました。
そして創業からおよそ10年が経った2017年に僕は退任するとともに、当時30代だった若手2名を取締役に登用しました。40代の岩瀬社長を30代の若手が両翼から支える体制にしたのです。
体制を一新したのは、次の10年の課題は次世代の育成にあると考えたからです。また、ライフネット生命の顧客は30代の若い世代が中心で、お客様と同世代の若い経営陣を前面に押し出すことも理由でした。
このとき将来の社長候補として取締役になった森亮介は、能力の高さはもちろん、はるかに規模が大きい企業との交渉を上手にまとめるなど非常に度胸があり、器が大きかった。こういう人材を見極めて、適切なポジションに適切なタイミングで配置し、仕事を任せるのが事業承継における重要な仕事です。
――ライフネット生命の体制変更はその後、どのようになりましたか。
出口 森は2018年に社長就任し、2025年6月まで務めました。
岩瀬とは後継について具体的な話はとくにしていませんでしたが、森の取締役就任から1年で社長を交代し、代表権のない取締役会長になりました。岩瀬はあと3年くらい社長をやると僕は思っていましたが、会社の未来に必要なことを考えて、自ら決断を行ったのでしょう。
経営者として、有終の美を飾るには
――唐の第2代皇帝、太宗(李世民)と臣下たちの問答を書いたリーダーシップの古典『貞観政要』では、国家運営で最も大事なことの1つとして後継者選びが挙げられています。これはビジネスでも同じでしょうか。
出口 そのとおりです。中国史上、名君とされる太宗自身も後継者選びには失敗しています。太宗は承乾を皇太子にしましたが、承乾は素行が乱れ、さらには弟の暗殺を企てたために皇位継承レースから外され、最後は庶人に格下げされました。また、面白いことに太宗と並ぶ名君である聖祖(康熙帝)も後継者選びに失敗しています。
――将来の事業承継よりも目の前の仕事で手いっぱいという経営者も多いと思いますが、そうした方たちに向けてメッセージをお願いします。
出口 中長期的に見て、新たな付加価値を追求し続けるのが経営者の仕事です。事業承継もその1つで、ただ会社を残すのではなく、次の世代が新しい付加価値を見いだして残せるように後継者を選び、育成していく必要があります。
せっかく創業や成長に成功しても、事業承継に失敗すれば有終の美を飾れません。
事業承継はどんな会社にも訪れる課題ですから、それこそ社長に就任したときから頭に置いて、どうするのがよいか白紙から考え、後継者を見極め、彼もしくは彼女に任せるようにしてほしいと思います。
