では高畑裕太は、世間の人々からどのような「顔」で記憶されているのか。この約10年、呪いのように機能し続けてきた「顔」が2つある。
16年9月に高畑裕太が不起訴となり釈放された際、報道陣をギロリと凝視する姿が全国に報じられた。この強い眼差しが「加害者の顔」として一般人の脳に刻まれた可能性がある。
同年8月には、事件を受けて、母で女優の高畑淳子が謝罪会見を開いた。その際、泣き崩れる母の顔が全国に放映された。ブルースとヤングの研究が示す通り、顔は人物認知のトリガーだ。息子本人より強烈に映った母の顔が、世間に「重大事件」という印象を与え続けてきた可能性がある。
しかもこの「母の顔」が与えた印象は1つではなかった。このときの謝罪によって、「大物女優の母親に謝罪させたダメ息子」という印象が人々には残った。
実際に今回の高畑の声明を受けて、SNSのコメント欄では、別の著名な女優が息子の不祥事で謝罪を繰り返したケースを引き合いに出す声も複数見られた。「母に頭を下げさせた息子」という記憶が、高畑裕太のイメージに二重の傷を刻んだ可能性がある。
「信頼される顔」の条件
事件から時が経ち、実際には高畑の顔は変化している。23年9月に高畑がXに投稿した免許証の比較写真が「若返った」と話題になったほどだ。しかし、一度「顔」に紐づいた強い感情記憶は、見た目が変わっても容易には更新されない可能性がある。
釈放時の「ギロリと凝視する顔」も、「母の号泣顔」も、世間に強い感情的インパクトを与えた。こうした「強い感情と結びついた顔の記憶」は、時間が経っても、本人の顔が変わっても、そう簡単には書きかわらないだろう。
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【信頼性が高いと判断される顔に共通した要件】
