深川エリア特有の下町文化や景観が残っており、画一的なタワマンや大型商業施設を建設することは、地域コミュニティや歴史的な街並みを破壊することにつながる。そのため、地元主導での大規模な再開発機運が生まれにくいと考えられる。
小さな拠点に分類された森下
森下が再開発されない理由として、「行政の方針」も見逃せない。
江東区が1970年に策定した『江東区再開発基本構想』では、「中心地区開発構想」として「門前仲町と亀戸駅周辺の既成の地区商業ゾーンを江東区における中心的商業地区とし、組合による市街地再開発事業により建築物を高層化不燃化する」旨が書かれている。
『江東区再開発基本構想』 を見直すものとして79年に策定された『江東区基本構想』においても、やはり門前仲町地区と亀戸地区が中心商業地域と定められている。江東区では両地区の街づくりに注力する方針であったことが見てとれる。
次に『江東区基本構想』に即し、長期的かつ体系的な街づくりの方針として定められた『江東区都市計画マスタープラン』の内容を見ていこう。江東区は98年にマスタープランを策定し、11年と22年に改定している。
98年のマスタープランにおいて、森下駅周辺は「地域核」として整備するとされている。地域核とは、「それぞれの地域の生活・文化の交流拠点」で、区内で計12カ所が設定された。
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【最新・22年の都市計画マスタープランでの森下の扱いは?】
