【追悼】ポピュリズムに背を向けた「リベラルの良心」大塚耕平氏、日銀出身の博士が魑魅魍魎の政界で問い続けた真理
ここで彼が参照しているのは、インドの経済学者・哲学者アマルティア・センの「正義のアイデア」である。センはソクラテス以来の西洋哲学の系譜を引き継ぎながら、「何が正しいかは絶対的には決められないからこそ、熟議を尽くし、権力は抑制的に運用しなければならない」という民主主義の本質を論じた。大塚氏は、この思想と仏教の「中道(マッジマー・パティパダー)」を重ね合わせた。
仏教における中道とは、元来、苦行と享楽という2つの極端を離れた実践の道である。開祖のゴータマ・シッダールタが苦行をやめ、菩提樹の下で瞑想したとき、彼が選んだのは「極端に偏らない」という実践的な知恵だった。
中道を貫くためには冷静さが不可欠である。ある日、この仮説に応えてくれる1冊の分厚い本が私の研究室に届いた。大塚氏の高著『「賢い愚か者」の未来 政治、経済、歴史、科学、そして人間——「深層」へのアプローチ』(早稲田大学出版部、18年)である。
「賢い愚か者」とは、高い知性と専門性を持ちながら、それゆえに傲慢になり自らの限界を見失う人間の陥穽を指す。知性と謙虚さの両方を備えていることが、「大塚人間論」の核心であった。
聖徳太子の「十七条憲法」にある「和をもって貴しとなす」という精神も、大塚氏には仏教中道の政治的実践として映っていた。単なる「まとめ役」でなく、対立を止揚し最適解を探り続けるプロセスとしての政治を目指した。その理念と現実の政治的混乱との乖離に、彼は苦悩し続けていたのではないだろうか。
「仏教」に傾倒したきっかけ
大塚氏と仏教との縁は、偶然から始まった。名古屋の覚王山日泰寺参道前に国会議員事務所を構えたとき、縁日「弘法さん」の存在に気づいた。
21日は弘法大師空海の月命日であり、毎月その日に賑わう参道の縁日を盛り上げたいという動機から、02年に「弘法さんかわら版」という仏教コラムを書き始めた。これが「深みにはまり(笑)、とうとう、仏教が趣味、と公言する境地に至りました」という。
その言葉どおり、仏教研究はやがて彼のライフワークとなっていく。
仏教書の老舗・大法輪閣から『弘法さんかわら版 弘法大師の生涯と覚王山』(08年)、『仏教通史「弘法さん かわら版」講座』(15年)、『お遍路さん必携 四国霊場と般若心経』(17年)と相次いで著作を刊行。さらに中日文化センターで「仏教講座」「歴史講座」の講師も務め、毎年暮れには「弘法さんを語る会」を主宰した。





















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