【追悼】ポピュリズムに背を向けた「リベラルの良心」大塚耕平氏、日銀出身の博士が魑魅魍魎の政界で問い続けた真理
24年11月の名古屋市長選挙には無所属で立候補したが、自民・公明・立憲・国民各党の推薦を受けながらも落選。参議院議員を4期目の途中で辞職してまで挑んだ地元最大都市の首長選での敗北は、大塚氏にとって無念であったろう。26年2月の衆院選では体調不良を理由に擁立を辞退し、藤田医科大学での教育に専念していた。
勝手な臆測になるかもしれないが、参院選では連続当選を重ねてきただけに、必勝を期した名古屋市長選落選の精神的負荷は小さくなかったのではないだろか。厚労副大臣として医療の充実に心血を注ぎ、自らも熱心に研究を重ねてきた熱血漢が、66歳という若さで急逝したことは、あまりにも皮肉と言わざるをえない。
日本の政治家には「経済オンチ」が多い、としばしば指摘される。財務・金融政策の複雑な構造を理解し、自らの言葉で論じられる政治家は多くない。日銀で培った金融市場の実務知識と大学院で鍛えた理論的素養は、国会質疑でも際立っていた。
04年には年金財政計算プログラムの公開を実現させ、10年には中小企業金融円滑化法の策定に尽力。12年には社会保障・税一体改革調査会副会長として新年金制度の検討・試算を担当し、歳入庁設置のワーキングチーム座長として中間報告をまとめた。これらはいずれも、財政・金融の構造をリアルタイムで把握していないと立案できない政策である。
大塚氏の政治的貢献は、目立つパフォーマンスや劇的型の演出とは無縁だった。だからこそ一般の有権者には伝わりにくく、映像を通じて見ると「迫力に欠ける」「はっきりものを言わない」「わかりやすい言葉で語らない」と受け取られた側面もあった。
実のところ、それは、大塚氏が「役者」を演じるのではなく、誠実さを優先したがゆえに生じた誤解だったのかもしれない。大きな声で威勢のいい、SNS受けするフレーズを口にして有権者の感情を煽る劇場型ポピュリズムとは対照的であった。センセーショナルな言葉ではなく、データと論理で語る政治姿勢は、必ずしも大衆政治の時代に評価されやすいものではなかった。
仏教哲学と政治哲学の統合
大塚氏の政治思想の核心に「中道」という概念がある。これを「右でも左でもない」という曖昧な中間主義と理解するのは、大きな誤解である。旧国民民主党共同代表時代、大塚氏は「中道」についてこう語っている。
「中道は、自分の考え方や価値観だけで物事を裁かないことを意味する。つまり、異なる意見も認めたうえで、熟議を尽くし、どのように結論を見いだすかという思考論理、議論の方法論だ。中道とは民主主義そのものと言っても過言ではない」





















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