「古臭い柔術をつくり変えよう」ハーン招いた嘉納治五郎が柔道を創り上げたワケ
ハーンが熊本で感銘を受けた人物とは?
「ヘルンは辺鄙なところ程好きであったのです。東京よりも松江がよかったのです」
妻の小泉セツが『思い出の記』でそう振り返っているように、ラフカディオ・ハーン(愛称はヘルン)は、辺鄙な松江がずいぶんと気に入ったようだ。
セツはハーンが松江に赴任した理由について「出雲が日本で極古い国で、色々神代の面影が残って居るだろうと考えて」とも書いている。
それだけに、日本の古き良き風景を失い、軍都と化していた当時の熊本に、ハーンは心底失望したようだ。親しい人への手紙でも、熊本の愚痴ばかりを書いている。
「ここは面白味のない土地のようです」
「私がこれまで日本で住んでいた一番興味のない都市であることに変わりはありません」
熊本の地には、あまり好感を持たなかったことが、ありありと伝わってくる。





















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