「人口データ」だけでは、その街の正体は掴めない 生活者のニーズを射抜く「経済センサス」活用術

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街の喧騒
近年、ライフスタイルの多様化やハイブリッドワークの定着によって、生活者の暮らしを取り巻く外的要因は大きく変わった。人の動きも複雑化する中、人口データや経験・勘に頼った従来の分析では、出店・エリア戦略に欠かせない街の特性の把握が難しくなってきている。街の変容を的確に捉え、出店・エリア戦略の確度を高めるにはどうすればいいのか。30年にわたって消費者の動向を調査・研究してきた松下東子氏に、陥りがちな戦略の死角や、データ分析の要諦について話を聞いた。

「静的なデータ」では街の実態が見えない時代

効率的かつ効果的にビジネスを展開するには、的確な出店・エリア戦略が不可欠だ。ところが今は、「過去の成功パターンが通用しない」「人口が多いのに集客が低迷」といった失敗が起こりやすくなっている。その要因はどこにあるのか。地域みらいブレインリンクの松下東子氏は次のように説明する。

NRI松下氏
地域みらいブレインリンク(野村総合研究所より出向)
地域創生コンサルティング部長
松下 東子
1996年に東京大学大学院修了後、野村総合研究所に入社。以来、一貫して消費者の動向を研究し、国内外の企業に対してマーケティング戦略立案・策定支援、広告・プロモーション効果測定および広告戦略策定支援、ブランド戦略策定、需要予測、価値観・消費意識に関するコンサルテーションを行う。日本人の意識と行動を実証的に分析・提示する「NRI生活者1万人アンケート調査」には1997年の立ち上げ時から携わる。2025年10月より地域みらいブレインリンクに出向。共著に『日本の消費者はどう変わったか』『Z世代コミュニケーション大全』(ともに東洋経済新報社)など。

「多くの企業が出店・エリア戦略で陥りやすいのは、昼間人口や人の流動が反映されていない人口データや、生活者や街の変化に追いついていない過去の商圏データなど、『静的なデータ』を前提として街を捉えてしまうことです。分析の基盤が古いままとなってしまい、実際のニーズとミスマッチする状況が生じます」

人口データでわかる性別や年齢、世帯構成、収入といった「デモグラフィック属性」のみに着目し、価値観やライフスタイルといった「サイコグラフィック属性」を見落とすのも、失敗の要因になりやすいという。

「近年は同じデモグラフィック属性であっても、まったく異なる消費行動が見られるようになっています。

例えば、単身男性で年収が同水準でも、アウトドアが趣味で平日の食事は外食で済ませる人もいれば、映画などのコンテンツ視聴が趣味で週末も自宅で過ごし、食材やSNSで話題のお取り寄せ食品をオンライン購入している人もいます。この違いは、デモグラフィック属性だけではわかりません」

加えて、働き方が多様化した影響も大きい。ハイブリッドワークの浸透によって「平日昼の集客」がオフィス街だけでなく住宅街にも分散。家族の形も多様化しているため、「ファミリー層中心の住宅街」といった従来型のラベリングが通用しにくくなっている。

戦略の方向性を定めるには公的統計が不可欠

静的データだけでは、街・エリアの特性と人の動きが捉えられない時代。それは、業績が落ちても原因がわからず、迷走してしまうリスクの高まりも意味する。

「例えばある街の店舗の売り上げが落ちていた場合、『昼間の客数が落ちた』『この商品カテゴリが売れていない』といった現象は、購買履歴やPOSデータ、Webアクセス解析など自社のミクロデータでわかります。

しかし、その背景となる原因を割り出すのは容易ではありません。店舗個別の問題なのか、オンラインの普及などによる商圏の形骸化や人の流れの変化といった外部要因によるものなのかは、ミクロデータや静的な人口データだけでは見えてこないのです」

では、適切な出店・エリア戦略を立てるにはどうすればいいのか。松下氏は「国や自治体が公的統計として発表しているマクロデータをうまく活用することがカギとなる」と話す。

ミクロとマクロの違い

「現在、エリアの商圏構造や人の流れは、働き方改革や単身世帯・高齢世帯の増加、廃業・新規開業や業種集積の変化といった外部要因によって変動しています。そのため、エリアの人口動態や事業所数、業種構成の変化を把握できる経済センサスや国勢調査などの公的統計は、戦略の方向性を定めるうえで不可欠です」

もちろん、顧客属性やPOSデータなど、企業が持つミクロデータは具体的な「戦術」を決める材料として欠かせない。ただし、アプローチ済みの既存顧客のデータなので、企業の成長に不可欠な潜在顧客の大きさや実像は見えにくい。

「自社のミクロデータのみで出店・エリア戦略を立てるのは、目的地を決めずに海図だけを見て航海計画を考えるようなものです。マクロデータでエリアと市場の構造と変動を俯瞰し、ミクロデータを照らし合わせることで、真のエリア特性の理解に基づいたポジショニングやターゲティングが可能となります」

経済センサスで見える「にぎわい構造」と「潜在的消費ニーズ」

マクロデータの中でも、とりわけ街特有の性格を示すのが、経済版の国勢調査である経済センサスだ。松下氏は「経済センサスは、街の構造を網羅的に示す唯一の公的統計」と話す。

「経済センサス」とは
日本全国のすべての事業所・企業を対象に、その経済活動の実態を把握することで、国内の産業構造や経済の動きを明らかにする基幹統計調査。「経済センサス‐基礎調査」と「経済センサス‐活動調査」の2つから成り立ち、行政の政策立案や企業の戦略策定などに利用される。

●「経済センサス‐基礎調査」
事業所・企業の属性など、事業所・企業の基本的構造の把握に重点を置いたもの。
●「経済センサス‐活動調査」
売上・費用、設備投資など、企業の経済活動に重点を置いたもの。

「街や、そこに集まる生活者を立体的に理解するには、『誰がどのくらい住んでいるか』を示す人口データだけでなく、『どんな場が存在しているか』を知る必要があります。『場』の構造を網羅的に知るには、企業や店舗の分布を把握することが不可欠です。事業所・企業の経済活動の状態を全数調査で明らかにしている経済センサスの活用が有効となります」

松下氏自身、生活者の価値観や行動変化、消費者の動向を調査・研究する際に経済センサスを活用してきた。特に、業種別事業所数と従業者数、立地分布を見ることによって「街の時間帯別の賑わい構造」が推測でき、「潜在的消費ニーズ」が把握できるという。

経済センサスの抜粋グラフ
「令和3年経済センサス‐活動調査 事業所に関する集計」を抜粋し、東洋経済作成。このグラフ以外にも、国内の全企業・事業所のデータが地域別にさまざまな切り口で提供されており、産業別の集計や売上高の把握などが可能である。

「事業所分布を見るだけでも、人口データではわからない昼間人口の構成や活動の質が推測できます。医療・福祉施設が多ければ、高齢世帯や健康志向層が集まる地域で、平日日中の医療・介護需要が旺盛ということですし、飲食業やオフィス業種の事業所が密集していれば、昼間人口が多くランチ・カフェ需要が高いことを示しているからです。

また潜在的消費ニーズは、特定業種の集積を見ることで把握できます。例えば教育関連業種が集まっているエリアならば、子育て世帯の中でも教育熱が高い層が多いと推測できます。さらに、新規開業が増えている業種や、減少傾向の業種を観察することで、今後の人口構成も見えてきます。教育関連の減少と医療・福祉施設関連の増加が同時に起こっていれば、高齢化が加速している兆候であり、街の経済活力も推察できます」

経済センサスへの正確な回答が、自社の成長につながる理由

価値観やライフスタイルの多様化によって消費行動が複雑化している今、「1つのデータだけでは多様性と変化のスピードに対応できなくなってきた」と松下氏は話す。

公的統計であるマクロデータ、自社の顧客情報などのミクロデータ、価値観やライフスタイルといったサイコグラフィック属性など、複数のレイヤーのデータを掛け合わせて判断することが、もはや企業経営におけるスタンダードになってきたということだ。

「実効性の高い出店・エリア戦略のためには、『過去の街の地図』ではなく、需要の変化を動的に捉えられる『今の街の地図』を参照し、変化に合わせて随時戦略を更新することが求められます。その更新のために必要な公的統計が経済センサスであり、信頼できる商圏分析の土台となっていると感じます」

だからこそ、企業や事業所には、経済センサスに正確な回答をすることが求められると松下氏は力を込める。

「事業所の所在地や業種分類、従業者数などの回答が誤っていれば、街の需要構造を分析する根拠そのものが歪み、地域政策や企業が無用な投資をしてしまうリスクも高まります。つまり、経済センサスへの回答の正確性は、地域経済全体の競争力を左右するともいえます。正確な回答が自社の事業成長と地域活性化につながると考えていただきたいと思います」

なお、5年に1度行われる「経済センサス-活動調査」は、今年6月1日を調査期日として実施。企業・事業所にはインターネット回答用の調査書類が配布されるので、それに基づいてインターネットで回答すれば完了となる。調査実施の流れなど、詳細は以下の特設キャンペーンサイトで公開されているので、ぜひ確認しておきたい。

令和8年経済センサス-活動調査について