製薬大手・協和キリン「AI業務改革」挑戦の裏側 「生産性・業務品質の倍増」を掲げた狙いとは?

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製薬業界大手の協和キリン社(以下、協和キリン)がAIによるDX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組んでいる。製薬業界には、薬機法をはじめとする法規制や業界で定められたルールがあり、各社独自に設定された運用基準や暗黙知として蓄積されてきたものなど、複合的で厳しい条件があるため、業務に求められる専門性は高く複雑だ。そうした中で、生産性と業務品質の"倍増"という高い目標を掲げて事業変革に取り組んでいるのが協和キリンであり、同社を経営コンサルティングとAIシステム開発で伴走し、支えているのが、ブーツ社だ。今回は協和キリンの経営幹部と、ブーツ社代表の有賀啓介氏らがAI時代の業務プロセス変革の戦略について語り合った。

抜本的な見直しを迫られる製薬業界

現在、製薬業界では、競争環境の激化や事業環境の不確実性の増大、各種規制や価格圧力といった社会環境の変化に伴い、事業の再定義や構造改革、業務プロセス全体の抜本的な見直しを迫られている企業が少なくない。協和キリンも例外ではなく、各部門の業務に対する構造的な変革が求められている。

そのため、同社ではDXを単なる業務の効率化の手段ではなく、「『Life‒changingな価値』を患者や医療従事者、社会へ届けるための基盤改革」と位置づけ、AIやデジタルを駆使して生産性と業務品質を倍増させることで、全社の構造改革を推し進めようとしている。同社のDX戦略を担う執行役員CDXO(Chief Digital Transformation Officer)の亀山満氏は次のように語る。

協和キリン 執行役員 CDXO(Chief Digital Transformation Officer) 亀山 満氏
協和キリン
執行役員
CDXO(Chief Digital Transformation Officer)
亀山 満

「私たちは、医薬品を必要とする患者さんに、できるだけ早く届けることで価値を見いだしていただくことを自分たちの使命と捉え、オペレーショナルエクセレンスの実現、DX推進基盤の強化、そしてデジタルによる新たな価値の創造といった課題に挑戦しています」

同社では、2021年に「デジタルビジョン2030」を策定。30年にオリジナリティーを持ったグローバル・スペシャリティファーマとして、データを活用することで、いまだ満たされていない医療ニーズを見いだし、医薬品をはじめとした新たなサービスや価値を提供していくことを目指している。こうした中、25年4月に新たにつくられた組織がオペレーショナル&デジタルトランスフォーメーション部(以下、ODX部)だ。亀山氏が続ける。

「従来の延長線ではなく、ゼロベースで業務プロセスを再構築しなければ持続的な価値提供はできないという強い思いの下、経営層で課題認識を共有し、『業務横断での改革なくして未来なし』という危機感を持ったことが、ODX部の立ち上げのきっかけでした。全社各部門に横串を通して連携する専門組織として、各部門と伴走しながらオペレーションの変革に取り組んでいるのです」

これまでも、同社では各部門が自主的にDXに取り組んできた経緯がある。営業を統括する同社常務執行役員営業本部長の曽根川寛氏もこう語る。

協和キリン 常務執行役員 営業本部長 曽根川 寛氏
協和キリン
常務執行役員 営業本部長
曽根川 寛

「デジタルテクノロジーを活用することで、これまで当たり前だと思っていた業務の進め方を"仕組み"ごと一新し、現場がもっと力を発揮できる環境へと大きく飛躍させることができます。現場からも『こうなったらもっとやりやすいよね』『これ、AIに任せられるんじゃない?』といった前向きな議論が次々と生まれており、"仕事が確実に変わり始めている"という手応えが広がっています」

「生産性・業務品質ともに2倍」部門横断的なAI業務改革を実現

そのようにして、AIドリブンなDXの実現に向けて経営層から現場社員まで全社一丸となった挑戦が始まった。社内の業務を棚卸ししながら、とくに課題が大きな業務領域に対して独自のAIアプリケーションを開発し、業務の変革を図る。それと並行して、DXやAIによる業務変革を主体的に推進できるDX人材の内製化も必須だ。こうした取り組み全体を支援し、伴走してきたブーツ社代表の有賀啓介氏はこう語る。

ブーツ 代表 有賀 啓介氏
ブーツ
代表
有賀 啓介

「今回のプロジェクトの大事なポイントは、業務プロセスを変革するために、部門横断で取り組んだことです。DX担当部門だけではなく、営業部や薬事監査部・コンプライアンス&リスクマネジメント部など各部門が一体となって業務プロセスのあるべき姿を議論、適切なAIの活用や実装方法を模索していきました」

協和キリンではAIによるDX推進によって、「生産性2倍・業務品質2倍」という高い目標を掲げている。厳格なコンプライアンスが求められる製薬業界で、業務品質を落とさず、さらに高めながら生産性を倍にする、という目標の達成は容易ではない。その言葉に込めた真意を亀山氏はこう述べる。

「このプロジェクトは、AIをただのツールとして捉えるのではなく、業務モデル自体に組み込むことで、スピード・品質・コストを同時達成する手段だと考えています。生産性と業務品質を倍増させるという目標は、結果はもとより、組織のあり方、社員の仕事の仕方を根本から変えるという覚悟を示しているのです」

では、実際にどのような変革が行われたのか。実務を担当したODX部の渋谷正吉氏は、その一例として「講演会での医師の発表資料」「営業・マーケティング用の資材」「各地域における講演会の案内状」といった資料の作成や確認業務の事例を挙げた。

これらは従来は人手と時間を要するプロセスだったが、AIを活用することでチェックの精度と作業スピードを改善し、業務負荷を大幅に軽減した。ゼロベースでの業務プロセスの見直し、専用のAIシステムの実装により、即効性のある価値創出を目指したという。そのポイントについて、同じく実務を担当した河本洋氏はこう語る。「この3つの業務フローの中で、課題として共通していたのが"属人化"でした。今回のプロジェクトではそれらの業務要件も洗い出し、体系的に整理することで、当社の業務実態に即した形でAI変革を実現していきました」。

業務プロセスの正しい理解、実効性ある変革アプローチを提案

今回のプロジェクトの成果について、ブーツ社の有賀氏は「とりわけ複雑で自社固有性も高い業務に狙いを定め、業務全体を支える"補佐役"としてAIを取り入れて業務プロセスごと変革した」ことに先進性があると指摘する。そのため、まずは既存の業務プロセスや判断基準(形式知・暗黙知)を棚卸しすることから始め、構造化して、あるべき姿を議論し、適切にAIの処理プロセスとして落とし込んでいった。その結果、複雑な医薬品情報の資料のチェック業務でもAIで実業務に堪えうる処理精度を実現でき、業務現場の担当者からも高評価を得ているそうだ。

協和キリンのコンプライアンスを統括する常務執行役員CCOの森佳子氏もこう言う。

協和キリン 常務執行役員 CCO 森 佳子氏
協和キリン
常務執行役員 CCO
森 佳子

「当社は複雑かつ治療の選択肢が限られている疾患領域に向けた医薬品を提供しているため、深い業務理解や高い専門性が求められます。とくにグローバル展開を加速する中では、国内外の法規の理解や制度変更対応など業務の複雑性も高まります。こうした環境で属人的な手法から脱却し、現場が自律的にコンプライアンス(法令順守)を徹底し持続的に成長していくためには、AIによる業務支援は欠かせません」

製薬業界の内情に詳しく豊富な知見を持つブーツ社の戦略アドバイザー、板橋祐一氏も次のように述べる。

ブーツ 戦略アドバイザー 板橋 祐一氏
ブーツ
戦略アドバイザー
板橋 祐一

「協和キリンではもともとDXを推進していたこともあり、AIを積極的に活用することで、よりスピーディーに大幅な業務改善ができたといえます」

こうした中、今回、協和キリンがブーツ社を選んだ理由とは何か。亀山氏がこう述べる。

「AI技術が急速に進歩する中、人材育成も含め、プロフェッショナルなサポートが必要となります。企画や業務要件の分析からシステムの実装まで一貫して支援し、価値の創出・成果の実現にコミットして中長期のパートナーとして伴走していただけたことは大きかったと感じています」

現場を担当している渋谷氏、河本氏も口をそろえて言う。「AI導入プロジェクトの場合、技術ドリブンの会社が少なくありません。しかし、ブーツ社は、先進的なAI技術はもちろんのこと、製薬業界特有の知識にも精通しており、業務プロセスの中身をきちんと理解したうえで、どこが改善できるのかをスピード感を持って提案してくれました。その高い伴走力を買ったのです」。

実践にこだわったDX人材の育成。AI時代に向けた全社変革

他方、DXを推進するうえで、重要になってくるのが人材育成だ。そのポイントはどこにあるのだろうか。亀山氏が語る。

「デジタルとビジネスを融合し課題解決を自律的に推進できる力に重点を置き、DX人材を育成しています。すでに全社での生成AIの浸透には手応えを感じていますが、さらに一歩踏み込んでデジタルテクノロジーを活用、業務プロセスの変容をリードし、大きな成果を出せるデジタル人材を全社的に育成することが大きなポイントだといえます」

実際、ブーツ社ではプランニングからPoC(概念実証)・業務実装までをやり切る実践形式の「デジタル人材育成プログラム」を支援している。有賀氏もこう言う。

「単にアイデアを出したり、議論したりするだけでなく、各部署から集まった参加者に実際に1つのDX案件を企画・実行してもらう。デジタル関連の業務に関わったことがない社員の方も多かったですが、プログラムの中で実践的に理解を深めていただき、今では『業務変容を描く目線』『テクノロジーの肌感覚』の両面で育成プログラムの手応えを感じています」

AIの技術的な進化に伴い、AIエージェントなどの関連技術も業務に現実的に取り入れられるレベルに成熟しつつある。AIモデルの性能が飛躍的に向上する中で、協和キリンでもプロセスの変革に向けたAIの新たな位置づけを積極的に模索している。「DXには終わりはありません。私たち自身もつねに変化しなければならないのです」(亀山氏)

今後も協和キリンとブーツ社の取り組みは続いていく。有賀氏もこう抱負を語る。

「形式知・暗黙知を構造化したうえで、要件を定義し、適切にAIに落とし込み、ユーザーのフィードバックを踏まえて、それを反映していく。業務の現場側では地道な適応プロセスを進めることで、専門性の高い領域でもDXを推進することができるのです。私たちはつねにパートナーとして伴走し、専門的で複雑性が高い業務領域でも小回りの利いた動きで、お客様にとって適切な業務変革の実現を支援していきます。新たな"価値"の具現化に向けて、私たちを業務変革に役立ててほしいと考えています」

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※関係者の肩書は、取材時点のものです。