岡山のブドウ生産者が経営力を強化した理由 農林中金の「担い手コンサルティング」とは

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株式会社加原農園 代表取締役 加原 昭典氏、農林中央金庫 中国営業部 融資主任 山口 冬馬氏
高齢化や担い手不足、気候変動、資材価格高騰の影響等により、日本の農業を取り巻く環境は、厳しさを増している。そうした中で、農林中央金庫(以下、農林中金)を含むJAバンクは、金融支援にとどまらない包括的な支援を通じて、農業者の持続的な経営を後押しするため、「担い手コンサルティング」を展開している。コンサルティングを受けた農業法人の事例から、この伴走支援が日本の農業の持続的発展にどのように寄与していくのか、その可能性をひもとく。

生産者の事業成長を包括的に支援する「担い手コンサルティング」

2021年にスタートした「担い手コンサルティング」とは、投資や融資といった従来の金融支援にとどまらないより包括的なサポートを通じて、農業者の経営の安定と持続的な事業成長を後押ししようとするもの。JAバンクが主体となって、農業法人の財務分析やヒアリングを実施して定量・定性の両面から事業を評価し、経営課題を明確化したうえで、JAグループの持つ多様な資源を動員して、課題解決に向けたソリューションを提供している。提案だけにとどまらず、取り組みの進捗フォローを通じて課題解決まで手厚く伴走支援するのが特徴だ。

岡山県にある加原農園は、この「担い手コンサルティング」を活用して経営力を強化し、持続的成長の可能性を大きく広げた農業法人の1つだ。

加原農園
岡山県久米南町、山あいに点在して約1.8ヘクタールの畑を有する加原農園

経営課題を可視化し、ソリューションを提供

加原農園の代表取締役・加原昭典氏は、「自分で何かを作りたい」と一念発起し、会社を退職して岡山県に帰郷。第二のキャリアとして選んだのが農業だった。2年間の実務研修を経て、2012年、自畑でブドウ栽培をスタート。現在は、シャインマスカット、ニューピオーネ、オーロラブラックなど収穫時期の異なる数種類のブドウを栽培するほか、新たにイチゴの栽培にも挑戦している。

株式会社加原農園 代表取締役 加原 昭典氏
加原 昭典
株式会社加原農園 代表取締役

農林中金の「担い手コンサルティング」を受け始めたのは、2022年のことだ。まず財務分析をし、データから見えてくる農園の強み・弱みを明確化することと並行して、加原氏へのヒアリングを実施。加原氏が感じている経営課題について、綿密な聞き取りを行った。

「そこで見えてきた事業課題の1つが、栽培するブドウの品種構成が、売れ筋のシャインマスカットに偏っていることでした」と、担当した中国営業部融資主任の山口冬馬氏は明かす。

農林中央金庫 中国営業部 融資主任 山口 冬馬氏
山口 冬馬
農林中央金庫 中国営業部 融資主任

近年のシャインマスカットのブームによって市場価格は高止まりが続いており、加原農園にとっても、シャインマスカットは収益の大きな割合を占める重要品種となっている。しかし多くのブドウ農家がこぞってシャインマスカット栽培に参入して生産量が急激に増える中で、近い将来、値崩れする懸念も抱えていた。

シャインマスカット(左上)ニューピオーネ(右上)マスカットビオレ(左下)オーロラブラック(右下)
加原農園で栽培しているブドウ。シャインマスカット(左上)ニューピオーネ(右上)マスカットビオレ(左下)オーロラブラック(右下)。主に贈答用として出荷している

それに備えてリスクを分散するために、栽培する品種のポートフォリオを再検討する必要があったが、それは口で言うほど簡単ではなかった。

「多くのブドウは、新しく苗を植えて、実を収穫できるようになるまでに4、5年はかかります。そこから収穫できる期間はおよそ15~20年。まだ収穫できる木を切って、新しい品種を植えても、うまく育つかは未知数です。どの木をいつ切って、次に何を植えるか、改植の判断を間違えれば、数年にわたって収益を大幅に減らしてしまうことになりかねません」と、加原氏は言う。

そこで山口氏らは、現状栽培している各品種の収支分析を示したうえで、シャインマスカットをほかの品種に切り替えた場合の収支見通しを数年先まで「見える化」。それを基に、事業計画の策定を支援した。

自社の現状と今後の見通しが可視化されたことが、加原氏の漠然とした不安を払拭し、決断・実行に踏み切る後押しになった。

「最初にコンサルティングと聞いたときは、懐疑的な気持ちもありましたが、数値によってその根拠を明確に示してもらったことで、深い納得感がありました」(加原氏)

それから約3年、加原氏の懸念は現実味を帯びつつあるが、加原農園では、慌てることなく次の一手を講じている。

事業成長から人材確保・育成まで多方面を支援

「担い手コンサルティング」の支援は、多方面にわたる。加原農園に対しては経営強化に加え、人材の確保・育成に関するソリューションも提供した。

加原農園でそれまで雇用した人材は、数年で独立する就農希望者のほかは、短期で辞めてしまう人が多く、加原氏は長期にわたって働き続けてもらえる正規従業員を増やす必要性を感じていた。

イチゴ収穫
取材に訪れたのは2025年12月中旬。就農希望者の方々がイチゴ収穫に従事していた

また収穫期などで雇うアルバイトなどは入れ替わりが頻繁であるがゆえに、農作業の技術やノウハウの共有が課題となっており、加原氏がいなければ、作業が停滞してしまうことも少なくなかったという。そこで山口氏らは、業務マニュアルの作成を提案。マニュアルのフォーマットを提供し、作成方法をアドバイスした。一方で、アルバイト求人アプリケーションの紹介など、人材確保の手段も提案した。

コンサルティングを行ううえで山口氏が肝に銘じていたことがある。それは、「自分たちが描いた絵を押し付けない」ことだ。「最適だと考えたソリューションを提案しますが、それに取り組むか否かを判断するのは、経営者ご自身です。私たちの役割は、経営者の決断を全力でバックアップすることだと考えています。そのために常に経営者の『本音』を確認しながら進めることを大切にしました」と言う。

加原氏とも面談の時間だけでなく、面談後に時間をおいて「現場では言えなかったことはないか」と再度尋ねるなど、濃密なコミュニケーションを心がけた。「加原さんは私たちの提案をいずれも真剣に受け止め、結果的にほとんどすべて実行してくださいました」と言う。

「もちろん提案の中には、納得できないものもありました。それについて『それは無理だよ』と、率直に言えたことがよかった」と加原氏。対象者に寄り添うきめ細かい支援によって信頼関係を育むことが、課題解決へ導く近道となっている。

株式会社加原農園 代表取締役 加原 昭典氏
10年先を見据えた事業承継の計画も動き出している

地域全体の農業振興へ、広がる支援

経営者のニーズに応えるだけでなく、分析を通じてそれまで見えていなかった課題を発見し、農林中金から提起することもある。加原農園へのコンサルティングで浮き彫りになったのが、事業承継の問題だった。

加原氏は自身が新規で農業に参入した経験から、後輩の育成にも積極的だ。新たな就農希望者を自社で受け入れ、ブドウ栽培の知見や経営のノウハウを惜しみなく提供している。「私自身も、地域のブドウ農家の先輩方に助けられたおかげで、ブドウ栽培を軌道に乗せることができました。ですからお世話になった感謝を次の新規就農者に還元したいと考えています」と思いを明かす。これまでに農園から6名の新規就農者を輩出。現在も独立希望者が働きながら学んでいる。

独立を後押しする一方で、加原農園を承継する人材が育っていないことに着目した山口氏。「加原さんの考えやノウハウの詰まった農園こそ次世代に引き継いでほしい。そのために今のうちから事業承継について考えることを提案しました」と言う。

土地や機械などの事業に関わる資産だけでなく、生産技術やノウハウといった知的財産から経営理念、取引先・地域住民などの人脈、さらには負債まで、承継すべきモノ・コトは多岐にわたる。事業承継では、それらを時間をかけ、計画的に引き継いでいく必要がある。

山口氏は、10年後の事業承継を目指し、計画の立案からサポートした。「提案されて初めて、具体的に考えるようになりました」と言う加原氏。これまでに加原農園から独立し、現在は近隣でブドウ農家を続けている「弟子」に承継することを想定し、準備を始めている。

「加原さんが、リスクを負いながら新規就農希望者の育成に力を注がれてきたのは、地域の農業の振興に対する強い思いがあったからです。後継者には、その『魂』を受け継いでほしい」と、山口氏は期待を込める。

「担い手コンサルティング」を活用した加原農園が、経営体質を強化することにとどまらず、加原氏の経営ノウハウと理念・スピリットを受け継いだ新規就農者が、地域で農業を成功させていく。「担い手コンサルティング」が、一人の農業者の支援を超えて、地域に「強い」農業者を増やしているともいえるだろう。

「担い手コンサルティング」についてはこちら