ソニー半導体が「熊本」で育む産業と文化の交流 ソニーフィル「創設30周年記念公演」も開催

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ソニーフィル30周年熊本公演
スマートフォンのカメラなどに使われるイメージセンサーで世界トップシェア(※)を維持し続けるソニーセミコンダクタソリューションズグループ(以下、ソニー)。2023年度の連結売上高は1兆6027億円(2023年度実績)に達している。製造拠点としてグループの事業を支えてきたのが、2001年から操業する熊本テクノロジーセンター(以下、熊本TEC)だ。
 
「使った水はきちんと返そう」と20年以上にわたり水資源を守るため地下水涵養(かんよう・水を土中に浸透させ、帯水層に地下水として補給すること)を続けるほか、毎年、社員主体で催す夏祭りへ地域住民や近隣企業の方々を招いたり、2025年3月にはソニー・フィルハーモニック・オーケストラの公演を開催するなど文化的体験も提供。地域貢献に力を注ぐ理由を探ったところ、事業創造へのエネルギーに転換するエコシステムが出来上がりつつあることが見えてきた。
※ 2023年5月時点での金額ベース。ソニー調べ

20年以上「使った水は返す」涵養事業を継続

1980年代から「シリコンアイランド」とも呼ばれているように、九州は半導体産業が盛んだ。ソニーも1970年代前半から進出。2001年には、現在半導体事業の基幹工場となっている熊本TECを竣工した。当時を知るソニーセミコンダクタマニュファクチャリング 総務部門 熊本総務部 統括部長の部當勝彦氏は、次のように説明する。

「私は現在、ソニーの責任者として熊本県下の自治体との対話を担当させていただいております。熊本県の企業誘致にかける本気度は非常に高いものがあり、県を挙げて産業を盛り上げていくという強い気持ちは20年以上変わらないと感じています。私たちにとって、工場を操業するうえで地域社会とのつながりや共生は最重要項目の一つです。いかにコミュニケーションを深め、相互理解を促進するかをつねに意識しています」

ソニーセミコンダクタマニュファクチャリング 総務部門 熊本総務部 統括部長 部當 勝彦 氏
ソニーセミコンダクタマニュファクチャリング 総務部門 熊本総務部 統括部長 部當勝彦

地域社会との強固なつながりによって実現できている取り組みの一つが、地下水涵養事業だ。よく知られているように、半導体の生産には大量の水が必要となる。「水どころ」として知られる熊本県は、純度の高い地下水が豊富だが、無限ではない。

「そこで、『使った水はきちんと返そう』をスローガンに、協力いただいている涵養農家の田畑へ白川の水を引き、工場が取水した水の量以上を涵養させる事業を2003年度に開始しました。熊本県のご協力を得て田植えを行い、協力田で収穫された米は会社(熊本TEC)が買い取って年1回、社員食堂で無料提供をしています。また、社員向けに地元産の農作物の販売会も開催しています」

熊本テクノロジーセンター
水を浄化・浸透させる田の力を借り、川から水田に水を引き、地下に水を還す。とくにこの地域は地下に水がしみ込みやすい土壌(通称:ザル田)となるため多く涵養できる

熊本地震で行政・産業界とのつながりがさらに強固に

20年以上にわたり続けてきた地下水涵養事業は、水資源と生物多様性を守る機運醸成のきっかけとなり、他企業にも広がっている。地域を基盤とした交流は、2016年の熊本地震における被害からの復旧においても発揮されたと部當氏は話す。

「大きな鋼材がぐにゃっと曲がり、壁も崩落するなど最初は中にも入れない状態でした。もちろんBCP(事業継続計画)は策定していましたが、まず何をどうすればいいかも見えなかったんです。そこで、私たちの工場の近くで操業されているルネサス エレクトロニクスさんに連絡しました。ルネサスさんは、茨城の那珂工場が2011年の東日本大震災で被災されていましたので、わらにもすがる思いで復旧のノウハウをお聞きしたんです」

ルネサス エレクトロニクスの工場(川尻工場)も被災していたが、「われわれの知っていることは何でもお話します」とソニーの訪問を優先的に受け入れた。熊本TECに比べれば被害が軽微であったとはいえ、部當氏をはじめとする熊本TECのメンバーが訪れると、那珂工場とわざわざ電話会議をつないで事細かにアドバイスをしてくれたという。

震災時のクリーンルーム
熊本地震で被害を受けたソニーの熊本工場

熊本県の支援も見逃せない。被災後すぐに連絡があっただけでなく、二次災害を防ぐ危険性評価の支援も行い、設備会社や建設会社が工場内へ立ち入ることができる道筋をつくった。ガスや薬剤など無数のリスク要素があり、工場内の確認もままならない中で、復旧計画をいち早く立てられたのは大きかった。

結果、当初予定よりも1カ月早い3カ月で熊本TECは復旧。その後すぐに、この復旧ノウハウを広く産業界に共有するため全社で動いたと部當氏は振り返る。

「日本の産業界が事業を継続するうえで、地震は不可避です。だからこそ、復旧にあたって経験したことはすべて公表して日本の財産にしてもらおうと全社で決めました。電子情報技術産業協会(JEITA)の半導体部会でも共有するなど、役立ててもらっています」

ソニーフィルが音楽で届けた「心の癒やし」

ソニーグループは、熊本地震で災害義援金のほか、グループ会社社員による救援募金や同額を拠出するマッチングギフトなどを実施してきた。災害や緊急事態時以外にも、毎年社員主催の夏祭りに地域住民・企業を招待して交流を図るなど、「つながり」を大切にしてきた。

さらに「熊本にソニーらしい貢献を」と考え続けた結果、2025年3月に実現したのがソニー・フィルハーモニック・オーケストラ(以下、ソニーフィル)による創立30周年記念熊本特別演奏会だ(チケット収入は全額「熊本県世界チャレンジ支援基金」へ寄付された)。

ソニーフィルは1995年の創立。いわゆる企業内オーケストラだが、2008年には米国カーネギーホールで演奏会を開催した実績を持つ。世界で指折りの指揮者であるダニエル・ハーディング氏のもと、チェリストのヨーヨー・マ氏と共演しており、クラシックファンには知られた存在だ。
カーネギー公演を含むソニーフィルのオーケストラ紹介ビデオはこちら

現在の団員数は約110名。ソニーグループ社員および退職者や家族で構成されている。長年にわたってソニーフィルで演奏し、コンサートマスターも務めていたソニー音楽財団 常務理事の金川文彦氏は次のように語る。

公益財団法人ソニー音楽財団 常務理事 金川 文彦 氏
公益財団法人ソニー音楽財団 常務理事 金川文彦

「過去には、世界的に有名なニューヨークのカーネギーホールで演奏し、チャリティー公演として3つの団体に寄付をしましたが、音楽性の高さを追求するだけでなく、演奏が社会貢献につながることがソニーフィル団員のモチベーションになっています。その意味で、ソニーグループ全体にとって大きな存在である熊本に、心の癒やしをお届けしたいという思いは強くありました。音楽がそういう力を持っているということはいろいろなところで証明されていますので、今年創立30周年を迎えたことを機に、熊本で公演させていただこうということになったのです」

公演にあたっては、ソニーセミコンダクタマニュファクチャリングを通じて熊本県など自治体とも密接に連携。「驚くほどの好反応だった」と調整役を担った部當氏は明かす。

「フルオーケストラの公演が開かれる機会はあまりないので、文化的体験を広くご提供したいと考え、教育委員会にもご相談をしました。そうしたら想像以上に熱心に対応くださり、中にはソニーフィルのファンだという方もいました」(部當氏)

リハーサルでの学生交流

そうした地域の人たちの支えもあり、2025年3月15日に熊本県立劇場で行われた公演は、全席完売となり約1800人がホールを埋め尽くした。「クラシックに触れたことのない方でも、窮屈にならず楽しめるように」(金川氏)と、指揮者の新通英洋氏のもと、『スター・ウォーズ』で知られるジョン・ウィリアムズの映画で使われた曲やドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」など、親しみやすい曲を演奏。2時間にわたる公演は、大成功のうちに幕を閉じた。

ちなみに、公演前日には熊本TECがある菊陽町の図書館ホールで音楽に関心の高い地元吹奏楽部の学生を招いて公開リハーサルを実施。いくつかの楽曲を学生がオーケストラに交じって一緒に演奏するなど、音楽を通じて企業と学生が触れ合いを楽しむイベントとなった。吹奏楽部の学生は「初めてオーケストラと一緒に演奏したことで緊張したが、弦の音も加わり、より一体感が増した。音の迫力を楽しんで演奏することができた」と胸を躍らせていた。

若手人材のエンゲージメントを醸成する機会にも

こうした地域とのつながりを大切にする企業姿勢は、若手社員にも強く響いているようだ。入社4年目のソニーセミコンダクタソリューションズ 経営戦略部門 コミュニケーション戦略部の角あゆみ氏は、「地域社会に目を向け、サステナブルな豊かさを追求する活動だと感じた」と話す。

「音楽は人の心を動かし、感動を与えられる力を持っていると思います。公開リハーサルや公演にいらっしゃった学生をはじめとする地域の方々に喜んでいただけたことで、熊本地震からの復興はもちろん、20年以上にわたって熊本TECを支えてくださった皆様に感謝をお伝えする機会になったのではと思いました」

ソニーセミコンダクタソリューションズ 経営戦略部門 コミュニケーション戦略部 広報課 角 あゆみ 氏
ソニーセミコンダクタソリューションズ 経営戦略部門 コミュニケーション戦略部 角あゆみ

角氏は学生時代、産学官連携プロジェクトで完全自動化の野菜工場に携わり、テクノロジーが農家の課題を解決する過程に感銘を受けた経験を持つ。「テクノロジーの力で社会を変えたい」と考えるようになり、就職活動で目先の利益ばかりを追いかけるのではなく、長い視点で社会全体の発展につながる事業を行っている企業を探した結果、半導体の力で「人に感動を、社会に豊かさをもたらす」を目指すソニーに出合ったのだという。

「入社後、最初に担当したのは半導体の経営管理でした。工場に足を運ぶ中で、地域社会や大学、地元の関連企業などとつねにコミュニケーションを図り、業界を超えた信頼関係を構築していることを肌身で感じました」

半導体の工場は大規模なうえ、多数の設備を必要とする。前出の水資源についてもそうだが、「持続的な操業には地域の支援が欠かせないことを学んだ」と語る角氏は、「今回の公演は、『ソニーがこれからも感動と豊かさをもたらす源泉であり続けたい』というメッセージも込めたものだと私自身も受け止めました。音楽を通じて生まれたつながりが、熊本の方々にソニーの半導体をより身近に感じていただくきっかけになればと思っています」と力を込めた。

地域と企業の共生の基盤となるのは、人とのつながりだ。それが豊かになることで、産業振興が進んでいく。今回のソニーフィルの公演は、音楽が地域と人の触媒となり、心の活力と感動を届けることで豊かさにつなげていく営みといえよう。産業と文化の両輪で地域のサステナビリティにコミットするソニーの姿は、角氏のような若手人材からの関心を引きつけるだけでなく、日本経済を牽引する半導体産業の羅針盤となることも期待できそうだ。
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