AI・ロボティクスはどこまで人間に“近づける”か 「労働の代替」を超え「共創のパートナー」へ

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「AI・ロボティクス」は、AIの搭載により高度に知能化したロボット。「共生・共創のパートナー」として、人間社会に新たな価値を生み出す可能性をもっている(画像:Getty Images)
生成AIに続く次のブレークスルー・テクノロジーとして注目されるのが、AIとロボット技術を融合させた「AI・ロボティクス」だ。人の手足のような動作機能や五感に相当する認知機能、さらにAIによる高度な知的能力を備えた製品の研究開発が急速に進んでいる。人間とロボットが当たり前のように一緒に暮らす、映画やアニメのSF作品で描かれてきた世界が、遠くない未来に現実となるかもしれない。
AI・ロボティクスを人間社会と共生させていくための課題について、三菱総合研究所(MRI)の研究員に聞いた。そこには技術の高度化に加え、心理的・文化的な側面も踏まえた多角的なアプローチが不可欠だ。

AI・ロボティクスの進化と「共生・共創」の重要性

生成AIの登場を契機に、ビジネスのさまざまな場面でAI活用が進んでいる。とはいえ、AI自体は物理的な作業を行う装置などをもたないので、当然ながらAI単体では担える業務は限られてくる。

そこで現在、AIの新たな活用領域として注目されているのがロボット分野だ。外部環境を検知するセンサーや複雑な動作に対応できるアームなどを備えたロボットに、高度な知的能力をもつAIを搭載することで、「AIだけ」「ロボットだけ」ではなしえなかった社会課題の解決が可能になると期待されている(図)。

図 AI・ロボティクスで「できること」が大きく広がる

このように、AIの搭載により高度に知能化したロボットを「AI・ロボティクス」と呼ぶ。

「例えば建設業、製造業、介護現場などでは人材不足が顕著ですが、これらの専門職はいずれも複雑な身体活動を伴ううえに、現場の状況を瞬時に認知し柔軟に対応する知的能力も求められるため、AIや従来のロボットだけでは代替することができませんでした。しかし、ハードウェアと高度な知的能力を併せもつAI・ロボティクスであれば、こうした分野の人材不足の解消にも貢献すると期待できます」(MRI研究員)

AI・ロボティクスの可能性は産業用途だけにとどまらない。とくに期待されるのは、家事・育児・介護などを担ったり、あるいは余暇時間を一緒に楽しむ遊び相手になったりと、生活圏内で人間のさまざまなサポート役を果たすようなロボットだ。これは「サービスロボット」と呼ばれ、すでに巨大ICT企業(ビッグテック)やスタートアップ企業が研究開発に意欲的に取り組んでいる。将来は、われわれの心理状態や疲労度合いを察知して環境音・室温・照明などをきめ細かく調整してくれる、幼い子どもと会話を交えて遊びながら健康状態も見守ってくれるといったサービスロボットも登場してくるだろう。

人間とロボットが当たり前のように共生し、新たな価値を共創する世界が、AI・ロボティクスによって現実となるかもしれない(画像:Getty Images)

「人間の生活圏内でのAI・ロボティクスの普及に向けて、最も重要なキーワードは『共生・共創』です」と、MRI研究員は強調する。例えば、料理・掃除・洗濯など家事全般をこなすサービスロボットが実現したら、もちろん便利ではある。しかし、それだけなら人間の家事代行サービスを置き換えるにすぎない。

「単なる道具や労働の代替技術としてではなく、AI・ロボティクスを『共生・共創のパートナー』と捉え、新しい価値を生み出していく発想が大切です。例えば、サービスロボットが人間と一緒に料理しながら、今の健康状態と過去の食事履歴を分析して最適なメニューを提案してくれたり、海外の珍しいメニューのクッキングレッスンを行ったり、子ども向けの食育プログラムを提供したりすることが想定できます。こうした付加価値をどれだけ生み出せるかが、普及のカギを握ると私たちは考えています」(同)

AI・ロボティクスに求められる「柔らかさ」と「五感」

AI・ロボティクスを共生・共創のパートナーとして発展・浸透させていくためには、いくつかの課題を克服する必要がある。ここでは3つの視点で課題と解決に向けた開発動向について紹介したい。

第1の視点は、人との安全な共生に欠かせない「柔らかさ」である。従来のロボットは金属などの硬い材料で作られており、そのまま生活空間に導入するには危険が伴う。人と共生するためには、ロボット自体がしなやかで柔らかいことが求められる。

この課題を解決する技術として注目されているのが「ソフトロボット」だ。樹脂などの柔軟な材料や、柔軟に動く駆動装置を用いることで、人やモノとの接触点での柔らかさを備えたロボットを指す。これが実用化すれば、例えば新生児や高齢者のケアのように、人間の生活の極めてデリケートな分野でも活用できる可能性が出てくる。

人手不足が顕著な介護現場。状況に合わせて複雑な動作をするAI・ロボティクスの技術に加え、材料も動きも柔らかい「ソフトロボット」の技術が求められる(画像:Getty Images)

「柔らかい材料は硬い材料に比べ劣化しやすいという課題がありますが、近年は損傷部分を自ら修復する『自己修復材料』の研究が進んでいます。現状では、修復に数時間から数日かかるものの、技術が進化すれば、ロボット掃除機の充電のように、リペアポートで日々の損傷を修復しながら長く使用することもできるでしょう。ソフトロボットはより身近な存在となり、介護のように人との長期的な協調が求められる場面での普及を促していくと期待できます」(同)

第2の視点は、現実を認識する能力としての「五感」機能の確立である。

人の生活空間で共生するためには、視覚・聴覚・触覚といった五感に相当する機能によって、現実を正確に認識することが不可欠だ。

「例えば視覚については、形状の把握だけでなく、距離の測定や色の識別なども必要です。単一の装置ではなく、多様なセンシング技術を組み合わせることで、現実の環境をより精密に認識できるようになります。要素技術の向上を図るだけでなく、多様な分野の知見を集約して要素技術をインテグレーション(統合)していく発想も重要になってきます」(同)

現状では、視覚と聴覚の認知技術はある程度の水準で実現しつつある一方で、触覚や味覚などは技術開発の途上であり、今後の技術進化が待たれる。

見逃せない「不気味の谷」という心理的・文化的ハードル

そして第3の視点は、AI・ロボティクスの普及のハードルとなる、人間側の心理的・文化的な抵抗感に対処していくことである。

われわれ人間は、ロボットに好感をもっても、その外見や振る舞いがあまりに人間に似てくると違和感や嫌悪感を抱くといわれている。さらに進んで人間と見分けがつかないほどになれば、また好感に転じる。日本のロボット工学者が提唱した「不気味の谷」と呼ばれる現象だ。実際、人間と同じように振る舞うAI・ロボティクスは、よくも悪くも人の情動を刺激することがわかっている。「可愛らしい」と愛着を感じることもあれば、「不気味だ」「怖い」などと不快に感じることもある。

「AI・ロボティクスは、従来のAIやロボティクスでは対応できないような分野でも活躍する可能性を秘めていますが、『不気味の谷』のような現象が普及を妨げてしまうとすれば非常に残念です。MRIとしてもこの問題を非常に重視しており、技術面だけでなく、心理的・文化的な視点からの研究にも力を入れています」(同)

この問題に対処するためには、設計・デザイン面での工夫も必要だ。例えば幼い子どもの世話をするAI・ロボティクスなら、動物やぬいぐるみなどのように愛着が湧くデザインにするのが有効かもしれない。また用途によっては、逆に愛着を感じないように「道具」の側面を強調した形状にすることで、不気味さを回避することもできるという。

「用途によっても、人間っぽく見せるべきか、むしろロボットらしい外見にすべきかは違ってきます。どの状況で、どのようなデザインが適切なのか、情動刺激に関するデータを地道に蓄積・分析し、試行錯誤していくことが求められると思います」(同)

高度な知的能力をもつAI・ロボティクスでも、人間の姿にあえて似せず、道具らしい形状にするほうが人間社会に共生しやすい場合もある(画像:Getty Images)

実はこのテーマについて、MRIは興味深い国際比較調査を行っている。AI・ロボティクス普及を左右する「社会受容性」について、4カ国(アメリカ、イギリス、中国、日本)を対象に実施した独自アンケート調査である。その結果、アジア圏である日本、中国では、ロボットにすべてを任せるようなサービスを受容できる割合がアメリカ、イギリスと比較して高いことがわかった。

この要因については詳細な分析が必要だが、日本の場合、昔から未来社会をモチーフにしたマンガやアニメ作品で「人間の仲間・味方としてのロボット観」が広く描かれてきた。また1990年代以降、犬型のペットロボットや人型のコミュニケーションロボットなど、一定の自律性を備えたロボットが国内で製品化され、その存在が広く知られている。こうした要因が、ロボットに対する日本の忌避感を弱めているのかもしれない。

「ロボットを受け入れやすい素地があることを生かして、他国に先行してロボットサービスを国内投入し、そこで得たデータや知見を設計・デザインなどに活用していけば、市場での優位性を獲得できるでしょう。社会課題先進国である日本のフィールドでいち早く蓄積した知見をほかの国で生かすという道筋も十分ありえます」(同)

AI開発に実績のあるビッグテックやスタートアップがAI・ロボティクス開発に参入する一方、ハードウェア技術の蓄積をもつロボット業界もAIを取り込む形でAI・ロボティクス開発に注力。市場の覇権争いは早くも過熱している。そうした中で、社会受容性の高さは日本の大きな強みになりうるだろう。「共生・共創」と「社会受容性」を起点とした日本発のAI・ロボティクスが、独自の価値を生み出し、この分野の可能性を切り開いていくことを期待したい。

大山みづほ(おおやま・みづほ) 三菱総合研究所 先進技術センター
大山 みづほ(おおやま・みづほ)
三菱総合研究所 先進技術センター
これまでは材料分野を、現在はバーチャルテクノロジーに関する研究を中心に従事。科学技術を軸とした未来社会に向け、先端技術の調査研究・提言を行っている。
齋藤達朗(さいとう・たつろう) 三菱総合研究所 先進技術センター
齋藤 達朗(さいとう・たつろう)
三菱総合研究所 先進技術センター
これまで半導体・センサーデバイスの研究、情報通信技術、コミュニケーション技術、AI・ロボティクス技術などの動向分析に従事。とくに、科学技術の調査・予測研究に基づいた自主研究・情報発信に取り組む。

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