「個の力」から社会を変える大きな可能性
生きていくうえで必要な「働く」ということ。人生の多くの時間を割くからこそ、時に食べていくためよりも意味を持ち、人生や生き方そのものにも通じる。「働く」について考えることは大人だけでなく、未来を担う子どもにとっても意義は大きい。
そう考えるカオナビは、タレントマネジメントシステムを手がける会社だ。タレントマネジメントシステムとは、個人が持つ経験やスキルなどの情報を、人材の育成や配置に生かすというもの。働く仲間を正しく理解することが、従業員一人ひとりの個性や才能の開花につながるとの考えがそこにはある。
同社は、プロサッカーチームFC今治の運営などを行う今治. 夢スポーツと共に、愛媛県今治市で地方創生「-shipプロジェクト」を2023年からスタートした。このプロジェクトに込めた思いと背景を、企画から運営まで携わるカオナビの藤丸 直紀氏はこう語る。

コミュニケーションデザイン室 コミュニケーションプランナー/コピーライター
藤丸 直紀(ふじまる・なおき)氏
「当社は『“はたらく”にテクノロジーを実装し 個の力から社会の仕様を変える』というパーパスを大切にしています。今治. 夢スポーツの『次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する』という企業理念には共感するものがあり、タッグを組むことになりました。
このプロジェクト名の由来としては、村上海賊で知られる今治は造船業も盛んで、船にゆかりが深い場所。また、shipは『状態・心構え』という意味を持つ接尾辞でもあります。その2つの意味のshipを掛け合わせました。“はたらく”を通じたあらゆる◯◯-shipな取り組みを実施することで、今治の土地や人々をエンパワーメントしていこうと立ち上げました」

カオナビの拠点は東京だが、そのパーパスを社外へ浸透させていくには東京以外の地域に目を向けることも大切だと考えた。というのも、同社は積極的にESG(環境・社会・ガバナンス)の活動に取り組んでおり、その中でもS(社会)の要素では地域社会への貢献を重視しているのだ。そこで、今治. 夢スポーツと共に、今治市での地方創生プロジェクトを開始したという。
子どもたちの目の色が変わった、今治ならではの職場体験
-shipプロジェクトの中には小学生と高校生をそれぞれ対象としたプロジェクトがある。それが「キッズインターンシップ」と「エデュケーションシップ」だ。
キッズインターンシップは小学生の子どもとその家族を対象に、今治の企業での職場体験を通じて、働くことについて考えるきっかけにしてもらおうというもの。初年度の2023年はアシックス里山スタジアムで運営マネジャー、スタジアムの実況アナウンサー、スポーツフォトグラファーなどの仕事を体験した。
2年目となる24年は、FC今治でのサッカー運営に加えて、宮窪漁協・漁業、新来島(しんくるしま)どっく・造船業、藤高(ふじたか)・タオル製造業と、今治を代表する産業の職場体験ができる2日間のプログラムツアーを開催。今治と東京から親子8組37名が参加した。
スタジアムではロッカールームやVIPルームなど、普段は立ち入ることができないエリアを見て回り、ユニフォームの設置や練習着の整理などを行った。宮窪漁協では、潜水漁の見学と船に乗って来島海峡の急流を体験し、実際に村上海賊の時代に使われていた船をみんなで漕いだ(タイトル上の写真)。


新来島どっくでは「なぜ船が浮かぶのか?」と浮力を学ぶ工作実験の後に、迫力満点の造船の現場を歩いて回った。藤高では工場や職人たちの作業を見学し、タオル作りを体験した。


「ただ見て終わりではなく、見て・感じて・手を動かして体験するプログラムになっているのがキッズインターンシップの特徴です。初めは、親御さんに甘える様子を見せていた子どももいましたが、現場の臨場感に触れて目を輝かせていたのが印象的でした」
「魚はどこから来る?」身近なものへの解像度が上がった
宮窪漁協では目の前で潜水漁をやってもらい、捕れたてのタコやサザエをその場で食べるという体験もしたそうだ。


「普段食べている魚がどこから来ているのかを意識したり、魚を捕る現場を見たりするのは難しいもの。だからこそ、その現場に触れた瞬間、子どもたちの目の色が変わるのがわかりました。タオル工場では普段使っているタオルがどう作られているかを、社長さんご案内のもと、教えていただきました。
身近なものに対する解像度が上がり、子どもの興味を広げるきっかけになったのではと思います。帰宅後に親子でツアープログラムのことや働くことについて話し合ったという声も寄せられました」
ツアー後のアンケートでは満足度は100%、働くことへの興味を「持てた」「やや持てた」という回答は87. 5%となった。
「カオナビは、“はたらく”
このプロジェクトは、参加した子どもだけでなくカオナビの社員にとっても大きな収穫があったという。

「漁業もタオルの生産現場も、造船工場も、知識として知ってはいても、実際の働く現場という観点では知らないことばかりです。当社はタレントマネジメントの企業ですから、さまざまな産業の働く現場を知ろうとする姿勢が必要だと思っています。
そういう意味でも、このキッズインターンシップは私たちにとっても大きな収穫になりました。実際に当社の勉強会でキッズインターンシップに参加した2人の子どもに、体験レポートを発表してもらいました。社員にはとてもよい刺激になったと思います」
FC今治高校の生徒と地域課題解決に挑む
-shipプロジェクトではもう1つ、次世代に働くことを考えてもらう取り組みを行っている。それがFC今治高等学校 里山校(以下、FC今治高校)で実施したエデュケーションシップだ。2024年に開校したFC今治高校では「里山未来創造探究ゼミ」を行っている。
これは、地元企業の人たちと学び合いながら、生徒が自分だけの問いを見つけ、地域課題の解決に挑戦するというゼミ活動だ。24年度は5社がゼミを担当し、生徒は希望するゼミで学ぶ。今治. 夢スポーツも「里山スタジアムの可能性を考える」をテーマに全15回のゼミを開講しており、そのうちの1回をカオナビが担当した。

ゼミのテーマにもなっている里山スタジアムは、今治. 夢スポーツが運営するプロサッカークラブFC今治のホームスタジアムだ。同時に、今治市を元気にするコミュニティー活動の拠点でもある。
「今治. 夢スポーツは、『サッカーの試合がない平日のスタジアムがどうしたらもっと人々が集まる場所になるか』を模索していると伺っています。実際にゼミのカリキュラムを見ると、リサーチや事業企画なども行う、本格的な取り組みだと感じました。
当社はタレントマネジメントや人材育成が強みですし、私の部署の領域はコーポレートブランディング。この強みとノウハウを生かし、リサーチ後に事業を企画するために必要なアイデア創出のやり方を学ぶワークショップを企画しました」
藤丸氏らコミュニケーションデザイン室が手がけたゼミのタイトルは「未来の里山スタジアムって、どんなだろう?」。多様な人々が楽しめるスタジアムとはどんな場所なのか、施設内にはどんな働く場があるのか。そのような観点でアイデアを出すワークショップスタイルで行った。

「これは、私たちが得意とする『アイデア出し』のやり方を伝えるものです。企画を考えるときはまず、誰がターゲットなのかを探ります。そのうえで、どのように感情を変化させていくのかを考えていきます。実際にワークショップでは生活者のマインドが記載されたカードや、感情のオノマトペ集(ワクワク、ドキドキなどを収録)を用いながら行いました」
働く楽しさや可能性を次世代に伝えたい
ゼミでは、「非日常を感じられるイベント」と「ふと立ち寄りたくなる常設の施設」で2チームに分かれてアイデアを出していった。興味深いのは、アイデアを出して終わりではないという点だ。
「私たちも生徒たちと一緒に考えたので、ワークショップで出たアイデアを基に『未来の里山スタジアムの設計図』のイラストを当社で作りました(以下の画像)。ワークショップで出したアイデアがアウトプットとして昇華され、目に見える形になって返ってきたら生徒さんが喜んでくれるのではないかと思いまして。この経験をきっかけに、生徒たちがアイデアを出すことが楽しいと感じてくれたらうれしいですね」
生きていくうえで働くことは欠かせない。だからこそ、次の世代に働く楽しさや可能性を伝えたいと藤丸氏は語る。
「こうした取り組みが子どもたちにとって将来について考えたり、親子間で話したりするきっかけになればと考えています」
子どもたちが地域で働く大人とその現場に触れ、言葉以上の何かを感じること。それをきっかけに自分なりの「働く」を考えること。「-shipプロジェクト」は未来への種まきのようなもの。たくさんの種から芽が出る日もそう遠くはないだろう。
お問い合わせ