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巨額のコロナ予算「使い残し」の意味 予備費には10兆円強もの使い残しがある

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もりた・ちょうたろう 慶応義塾大学経済学部卒業。日興リサーチセンター、日興ソロモン・スミス・バーニー証券、ドイツ証券、バークレイズ証券を経て2013年8月から現職。日本国債市場での経験は通算で20年超。グローバルな経済、財政政策の分析などマクロ的アプローチに特色。(撮影:大澤 誠)

8年近くに及んだ安倍政権がいよいよ終了し、新たな内閣がスタートする。アベノミクスはすでに風化したともいわれるが、今回のコロナ対応で実施された巨大な財政政策は、アベノミクスの最後の置き土産ともいうべきものになった。

4、6月に成立した第1次、2次補正予算は、緊急事態宣言以降の経済収縮に対応したまさに「緊急的」な財政措置だったことは確かである。しかし、もし安倍政権でなかったならば、今回のような予算は組まれなかったのではないかとも思われる。

1次、2次補正の一般、特別会計合計で103兆円に達する歳出規模は、年度予算にほぼ匹敵する。しかし、より驚くべきことは、一連のコロナ対応がすでにピークを過ぎつつある7、8月時点で、この巨額予算にかなりの未使用額が残っていることだ。例えば、企業の資金繰り支援のために政府予算から約60兆円の資金を支出し、約110兆円の融資を想定していたのだが、夏場までの民間、政府系金融機関合計の融資額はまだその2割程度にとどまっている。

また、野党からの批判も強い予備費については、1次、2次補正合計で11.5兆円計上されたうち、現在までに使用された額は1.4兆円にとどまる。秋の臨時国会で新規の補正予算編成も可能になるこのタイミングで、まだ10兆円強もの使い残しがあるのだ。

「見せ金」の発想

なぜこのような巨額の予算の使い残しが生じているのだろうか。4、5月時点の想定よりもコロナ感染が抑制されたという幸運の結果もあるだろう。しかし、それだけではなく、今回の補正予算については、「大きければ大きいほどよい」という、ある種「見せ金」の発想が強かったのではないか。

こうした発想は、平成バブル崩壊後やリーマンショック後の「危機時」の経済政策など、過去にもたびたび見られてきた。しかし、そうした「危機」への対応を繰り返してきた結果、経済政策の考え方が「危機からの救済」にとどまらず、「国民や市場を驚かせて期待をコントロールする」という発想にいつの間にか変質してきた面があることは否定できない。

「危機からの救済」を目的にした大規模対策において、初めのうちは、政策当局も本当にどこまでやったらよいのか熟慮と精査を重ねて実施したものである。しかし、いつの間にか、「大きくすること」それ自体を目的に政策が決定されるようになっていく。安倍政権が8年近く前に始めたアベノミクスも、「危機への対応」というよりはむしろ「期待のコントロール」の要素が強かったように思われる。

そして、今回の第1次、2次補正予算も、コロナ問題への対応に本当に必要な資金はどの程度なのかという熟慮と精査を欠いた中で作られ、結果的に巨額の「使い残し」を発生させる結果になったのではないだろうか。

今回、これだけ巨額の「見せ金」を積んだことの是非は、コロナ危機が完全に収束していない現時点ではまだ断じるべきではないのかもしれない。しかし、新しく成立する内閣に期待されるのは、経済政策を「国民や市場の期待をコントロール」する道具として使うことをやめ、本当に必要な政策を熟慮、精査し、その資源が無限でないことを誠実に国民や市場に示すことであり、日本経済あるいは金融市場が一定の緊張感を持った状況を取り戻すことではないか。

第3次補正予算においてどのような予算編成を行うのか、新内閣の真価が問われる。

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