――もともと渡辺さんは、都市計画が専門ですが、なぜ防災・危機管理分野に取り組まれるようになったのでしょうか。
渡辺 1978年の宮城県沖地震で斜面崩落などの被害に見舞われた仙台市緑ヶ丘団地の造成計画に携わっていたのですが、地震によって壊れたまち並みを見て「こんな柔いまちをつくっていたのか」と強い憤りを感じました。まちづくりとは、人間が生きていく空間をつくることです。ですから当然、安心・安全はまちづくりのベースになるわけですが、ないがしろにしてきた現実を目の当たりにさせられました。
まだ若かったのですが、頭を殴られたぐらいのショックを受けて、建築・土木というハードだけでまちはつくれない、安心・安全を実現するうえで欠かせないソフトをハードとともに車の両輪として自分に取り込んでまちをつくらねばならないと、防災・危機管理分野の研究を始めました。
ただ、当時の防災の世界は縦割りでした。建築、土木、砂防、河川・・・・・・それぞれの分野が個別に存在していて、それらを横につなげて“本当に人間が安全に暮らせる空間”をつくることのできるまちづくり屋が、防災の世界にも必要だと感じました。しかも、社会学や心理学など幅広い分野も含めて多様な視点から安心・安全ついて思考できる人が。そこでハード、ソフトの両面からまちづくりを考える「まちづくり計画研究所」を1989年に立ち上げたのです。
風化は当たり前だがモチベーションを保つ工夫ならできる
――東日本大震災から2年半が経ちますが、その間、国も地方自治体も企業も防災対策に真摯に取り組んできました。その意味で3・11は、多くの人の地震に対するマインドセットを変えたと言っていいのではないでしょうか。
渡辺 それを言うなら、3・11の前に阪神・淡路大震災があったでしょう。いま感じるのは、風化が早いということ。まだ阪神・淡路は神戸という大都市だったから関心が続いたけれども、東日本大震災は三陸沿岸の決して大きいとは言えない集落が被災地の大半だったこともあり忘れ去られるのが早い。その結果として、信じられない復興予算の不正流用も起きています。
阪神・淡路でも家屋の倒壊や火災、液状化など基本的な地震災害が起きたけれども、津波災害と原子力事故は起きませんでした。3・11が起こるまでの18年の間に備えるべきだったのです。人間は浅はかで、実際に起きて被害が出てみないと防災に踏み出しません。けれど、今後かなりの高い確率で発生が予想されている南海トラフ地震や首都直下地震の被害想定は、あまりに巨大で防ぐというよりは減らす、あるいは備えるしかない。地震の活動期に入った日本においては仕方のないことで“備災・減災”の時代と私が言っているゆえんです。
――風化をさせずに、災害リスクに対するモチベーションを維持する方法はありますか?
渡辺 風化は当たり前と言わざるをえません。われわれのような防災・危機管理分野を職業にしている人であれば別ですが、一般国民の災害リスクに備えるというモチベーションが右肩下がりになるのは当然です。けれど、日本は地震国であり火山国であることを忘れてはなりません。災害リスクに対するモチベーションをある一定水準より下げてはならないはずです。
こうした災害に対する意識を世論調査のようなアンケートで計測して、下がってきたらアラームを出して上げる、もしくは横ばいに保つといった仕組みをつくるのもいいですよね。また、いまは9月1日の防災の日をはじめ、1月17日の防災とボランティアの日と、そして3月11日、さらに各自治体にも防災に関連する日があります。そのうちの1回でもいいから家庭内備蓄、企業内備蓄を見直す日とメモリアルにしてうまく防災にフィットさせるべきです。
BCPの第一義は従業員、お客様の命を守ること
――3・11後、多くの企業がBCPの作成にも取り組みました。
渡辺 企業は脅迫の論理で防災を実施しています。利益重視であり、脅迫があるからやるけど、いつ起きるかわからないものに対して長続きさせることは苦手です。企業内備蓄はもちろんですが、BCPも本番に役に立たせるにはメンテナンスが必要であり、1年に1回見直すことをお勧めしています。
それもそんなに難しいことではないでしょう。BCPすなわち事業継続計画という名前が、本来の目的をとらえ切れていないと私は考えていますが、企業としてまず従業員、お客様の命を守ることが第一義です。もし守ることができなければ社会からどんな批判を浴びるか計り知れない。震災後も企業として成長を続けたいのなら、まずは従業員、お客様の命を守ることを最優先に考え、BCPをつくらなければなりません。
1992年、バハマ、フロリダ、ルイジアナ州と広範囲を襲った「ハリケーン・アンドリュー」をご記憶でしょうか。この時、あるローカル放送局の災害対応で興味深いことがありました。他の地域に支援を頼んだのですが、放送機材や報道スタッフの応援ではなく、現場にまず呼んだのは大工だったのです。従業員の家の安全を確保するためなのですが、まずは生活基盤の安全を確保してからビジネスに注力してもらおうというわけです。したたかではあるけれども、企業の理にかなっているでしょう。こういう姿勢は、なかなか日本企業には見られませんよね。また日本特有の産業のピラミッド構造にも留意する必要があります。本社だけでなく関連企業、下請け、孫請け企業の従業員の命を守ることも含めたBCPをつくらなければ何の意味もありません。
もっと言えば、地震の活動期に入った日本において、大きな地震が立て続けにおきることを想定して生きる、それをベースにおいた事業計画をつくったほうがいいと言っても過言ではありません。常に隣り合わせの危機を意識しながら、生き残るために、防ぐことのできない災いに備えてほしいと考えています。