
目的はあくまでも「事業での収益拡大」
「われわれが求めているのは『エンタメ×”何か”』。そのためには視野を広げて、将来グループシナジーを生み出せるものに投資していきたい。実際、われわれのインフラを活用したいという問い合わせも多く来ています」。松浦社長がこう語るように、エイベックス・グループ・ホールディングス(以下エイベックス)がベンチャーキャピタルを創設したのは、純投資としてキャピタルゲインを狙うのではなく、エイベックスのグループインフラを活用してエンタテインメント事業での収益拡大を図ることを目的としたものだ。
すでに出資案件の第一弾として、日本人ロックバンド「感覚ピエロ」ギタリストであり、自主レーベルとマネジメント会社「JIJI/JIJI RECORDS」を運営する秋月琢登氏が新たに設立する新会社「株式会社JIJI」に出資することを発表している。そしてさらなる出資案件を見いだすため、エイベックスがこの4月に開催したのが、エンターテック系ベンチャーを対象にした”ピッチイベント”だ。
エイベックス本社で開催されたこのイベントにおいて、登壇したベンチャー起業家はバーチャルリアリティ(VR)、スポーツ、ファッション、ブロックチェーン、ウェアラブルデバイスなどをビジネス領域とする7人。審査員は松浦社長に加え、アーティストの小室哲哉氏、経営共創基盤取締役マネージングディレクターの塩野誠氏が務めた。今回のイベントは社内向けに行われたものだが、インセンティブとして、各審査員による賞が授与されるほか、エイベックス・ベンチャーズからの出資やエイベックスとの提携なども視野に入れられている。
最初に登壇したのは、InstaVR代表取締役社長の芳賀洋行氏。最高品質のVRを提供することを目的にビジネスを起業した。すでに世界1万社で採用されており、大きな強みは高い技術力に加え、低コスト・短期間の納期にあると芳賀氏は自らのビジネスを説明した。音楽ビジネスも「音源から体験」へシフトしているとして、松浦氏や小室氏も大きな関心を示していた。
次いで発表したのは、ファッションのテクノロジー企業を標榜するSTYLERのCEOである小関翼氏。ネット上でファッションが検索されにくいことに着目し、ユーザーのニーズがリアルタイムで表示される場を提供するビジネスを始めた。目指すは、拡散力のあるファッションメディアとネット上で影響力のある販売員を誕生させることだ。小室氏からはアーティストの立場から、「作品コンテンツに転換することは可能か」などの質問が出た。
エンターテック系ベンチャーが次々アピール
このイベント唯一の女性起業家として登場したのは、Coupe代表取締役社長の竹村恵美氏。サロンモデル検索サイトを通じて、美容師にサロンモデルを紹介している。現在までに約5000人の美容師と約2600サロンで利用されており、さらに企業向けビジネスとしてサロンモデルをインフルエンサーとしてキャスティングしているという。「個人がメディアになる時代をつくりたい」と抱負を語った。
次に登壇したのは、スポーツエンタテインメントアプリ「Player!」を展開するookami代表取締役社長の尾形太陽氏。リアルタイムで喜びを分かち合うことを目的に、モバイルだからできる新しいライヴ体験を提供するビジネスを拡大させることを目指しており、エイベックスとの具体的な提携スタイルを複数提案するなど積極的な姿勢を示した。
大学院を中退し、自宅に閉じこもっていた経験から、1人用から数千人規模まで幅広く“バーチャル部屋”を提供しているのが、クラスターFounder&CEOの加藤直人氏。「VR×ライヴイベントでエンタテインメントビジネスを加速させたい」と、トークショーレベルのイベントからコンサートまで、ユーザーが幅広く楽しめるビジネスの可能性を提案した。
最近注目されているブロックチェーンの領域からは、Orb代表取締役の仲津正朗氏が登壇。ネット上の著作権保護を目的とし、ブロックチェーン技術を基にした非中央集権型のDRM(デジタル著作権管理)の仕組みを紹介した。アーティストとレーベル、ユーザーが権利を共有することで、「コンテント・プロダクション・コミュニティ・プラットフォーム」と言うべき新たな流通の場が生まれる可能性があるという。
最後に登場したのは、BONX代表取締役CEOの宮坂貴大氏。スノーボードでの体験を基に考え出された、アクティビティ中にボタンを押すことなく話すだけで仲間と会話ができるBluetoothイヤホンを紹介した。エイベックスと提携すれば音楽も共有できると、その可能性を展望した。
「広がり」こそ、エンタメの将来を決める
7人による約2時間弱のピッチイベント終了後、審査員による審査が行われた。「塩野誠賞」を受賞したのはBONXの宮坂氏。塩野氏は「モノづくりで革新的なものは日本からはあまり出てきません。ブランド化できる力を感じました」と選考理由を述べた。受賞した宮坂氏は、「ヒアラブルテクノロジーを使った事業を、ベンチャー単体で拡大することは難しい。だからこそ、どこかと一緒にやりたいと考えていました。歴史の長い音楽業界の中で、エイベックスの動きは特に早く、規模も大きい。そんな会社とつながりが欲しいと思っていた矢先に、受賞できました。これからエイベックスと新しいサービスや体験をつくりたい」と期待を述べた。
「小室哲哉賞」を受賞したのは、InstaVRの芳賀氏。小室氏は「理想か現実かで悩みましたが、実際のイベントに使いたいものを選びました。音楽は今、何かと組まないと浮上できない状況にあります。危機的ではありますが、やっと本格的に外に出て行こうという環境になったとも言えます。こうした“広がり”こそ、エンタテインメントの可能性だと思います」と評価した。受賞した芳賀氏は「エイベックスとのシナジー効果を期待できるため、このイベントには、ぜひ出させていただきたいと思っていました。エイベックスのコンテンツとわれわれのツールを組み合わせることで、VRを広めることができればと思っています」と語った。
「松浦勝人賞」に輝いたのはクラスターの加藤氏。松浦社長は「限りなくシナジーがありそう」と授賞理由を語った。受賞した加藤氏は「ライヴやデジタル、アニメなどに力を入れるエイベックスとは大きなシナジー効果を発揮できると思っています。ビジネスが発展する予感がします」と感想を述べた。
好きな仕事をやっている人に投資したい
エイベックス・ベンチャーズがこのようなイベントを開催した理由は、新たな投資案件を見いだすためだけではないという。松浦社長は次のように語る。
「まず社員たちにこうしたイベントを経験させたいという思いがありました。実際、参加希望者も多く、社員たちに同世代のベンチャー起業家たちが今、何を考えているのかを知らせてあげることができた。そこに一つの意義があったと考えています」
松浦社長自身はどのような感想を持ったのか聞いてみると、今後の投資方針と合わせて次のように語ってくれた。
「今回、イベントに参加してくれた起業家たちの起業動機は、好きなことや、自分の持っている技術やノウハウに由来しています。ただ単に儲かるから、誰もやっていないからという理由でやっている人たちではない。その仕事を本当に好きでやっている。そんな人に私は投資したいと思っています」
エンタテインメント業界のさらなる活性化に向け、新たなスタートを切ったエイベックス。今後の取り組みが注目される。
