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グローバルで通用する人材の条件

キャメル・ヤマモト デロイト トーマツ コンサルティング ディレクター
ビジネス・ブレークスルー大学教授。外務省、外資系コンサルティング企業を経て現職。組織・人材面で日本企業のグローバル化を支援するコンサルティングに従事。内外の知人とグローバル人材開発プログラムを開発、展開中。主な著書に『「世界水準」の思考法』『「世界標準」の仕事術』(いずれも日本実業出版社)、『グローバルリーダー開発シナリオ』(共著、日本経済新聞出版社)など、多数。

進まないビジネスパーソン個人のグローバル化

米国のジャーナリスト、トーマス・フリードマンは、著書『フラット化する世界』(日本経済新聞出版社)のなかで、国家がグローバル化していったコロンブスの時代から19世紀初めまでをグローバリゼーション1.0、企業が多国籍化した19世紀から20世紀末をグローバリゼーション2.0、そして個人のグローバル化が始まった21世紀をグローバリゼーション3.0と呼んでいる。私は、楽天やファーストリテイリングが社内英語化に踏み切り、外国人の新卒採用が増えた2010年が日本のグローバリゼーション3.0、つまりグローバル化が個人に迫ってきた転機と考えている。しかし現状を見ると、日本企業の社員の多くは、いまだグローバル化から取り残されているようだ。大企業の幹部候補を見ても、たとえば50人いたとして、グローバルで戦えそうな人材は数人程度ではないだろうか。

グローバル化の遅れが顕著に表れるのが、クロスボーダーM&Aを実施したときだ。たとえ同じようなマネジメントシステム、人事制度を有する海外企業を買収しても、日本企業の社員が海外企業の社員とうまく一緒に仕事を進められないという話はよく聞く。日本企業の社員同士であれば、同じように大学を卒業して入社し、課長、部長と昇進していくなかで、いちいち言葉にしなくてもわかり合える共通認識ができているので、「あうんの呼吸」で仕事を進めることができるのだが、海外企業の社員とは同じやり方が通用しない。彼らに対しては、たとえば、その仕事をする意味、内容、具体的な方法を書類にして、一から説明するといったことが必要になるだろう。もちろん書類などなしで、あうんの呼吸で進めたほうが効率がいいという意見もあるだろうが、そうするとその企業が採用できるのは、日本人の男性、それも長期雇用を前提としている人材に限られてしまう。ここで、日本人のグローバル化の遅れを指摘するのではなくて、外国人の側の日本化の遅れを指摘することも可能だ。しかし、日本人の私は、日本人のグローバル化のほうに、より可能性があると信じているので、以下は、そちらの視点から議論を進める。

左手を使い、真のリーダーシップ&コミュニケーション力を鍛える

グローバルで通用する人材とは、大ざっぱに言うと「構想」「構造」「行動」でリーダーシップを発揮できる人である。何年後にこうするという結果イメージやビジョンをはっきり語れて、そのためのプロセスを構想できる。自分の課や部のメンバーだけではなく、外部からも適任者を集めて、組織の構造を作れる。外国人を含めたバックグラウンドが自分と異なる人も動かすことができ、目標に向かって行動できる。そういう人材が、グローバルでは求められる。

逆に、たとえ英語が堪能であっても、日本人の多くに見られる調和型の人材は、グローバルではあまり価値を認められない。よく「グローバル人材に求められるのはコミュニケーション力」と言われるが、これは言葉の問題というより、どんな人とでも仕事を進め、率いることができるリーダーシップが問われているのである。

では、どうしたらそのようなグローバル人材になれるのだろうか。グローバルリーダーを育成するのに、役員や幹部候補に数千万円を投じて欧米の大学院の研修プログラムを受けさせている企業もあるそうだが、もしその研修プログラムにおいて日本人が多数を占めているのであれば、うまくいかないだろう。やるなら、世界における日本の人口比率にまで日本人の比率を落とした、外国人中心のプログラムというような、これまでとは異なる環境に身を置かなくてはならない。

ここで1つ提案したいのは、「これまでとは異なる環境に身を置く」ことは、実は海外に行かずとも、国内においても可能だという点である。私はこのことを「左手でやる」と表現しているが、国内にいながらにしてグローバル人材になるためのトレーニングをすることは可能なのだ。この方法だと、理想的ではないもののある程度までは、外国人が不在でもトレーニング可能である。

「左手でやる」とはどういうことか。利き手で仕事をしたほうが速くて確実な仕事を、あえて、利き手を使わずにやるという意味である。たとえば、楽天の社内英語化も「左手でやる」ことの好例である。日本企業のなかで日本人社員同士が英語でコミュニケーションを図るのは、実に不自然で、効率的ともいえない。しかし、日本人同士だから通じるという環境を捨ててこそ、説明の仕方から仕事の依頼の仕方まで、共通認識がない相手に「どうしたら伝わるか」「どうしたら聞き入れてくれるか」を考え、実践する訓練の場を作り出すことができるのである。

また、日本企業のなかで働いていると、「部下を統治する」「組織を統治する」という感覚にあまりなじまず、調和を尊び「みんなで何となく、うまくやっていく」方法を選びがちである。それが「根回し」であったり「お酒の席でのコミュニケーション」であったりするのだが、グローバル企業でバックボーンが多種多様な社員を相手にその方法は使えない。そこをあえて、日本企業にいながら、そうした日本的・調和型のアプローチを取らずに、人や組織を統治するという意識を持ち、実践することも「左手でやる」の一例である。その際、不自然さや無理やり感は否めないが、グローバルな組織で必要なリーダーシップとコミュニケーション力を鍛えるためには有効である。

日本人ビジネスパーソンが再評価されるとき

ビジネスパーソンがグローバル人材になるためには、言語やバックボーンが異なる人たちにも通用するリーダーシップやコミュニケーション力を身に付けなければならないのだが、この先情報化が進むにつれ、さらに高度な力も求められるようになるだろう。インターネットや電話で世界中とつながれる今は、1回も会ったことがない人たちとプロジェクトを進めることもある。南アフリカやエジプトの人と、電話会議とメールだけで仕事をするということも十分にありうるわけで、彼らに頼んだことを期日までにやってもらうためには、顔をあわせて仕事をするときとは違ったリーダーシップやコミュニケーション力が求められることだろう。

現状では、日本のビジネスパーソンがこうした点で遅れを取っていることは事実であろう。しかし悲観する必要はない。日本人の能力が低いわけではなく、これまで、そうしたスキルや能力の必要性、それらを発揮する機会がなく、経験がないだけなのだ。

カルロス・ゴーンが「グローバルプロジェクトに参加する日本人は、最初は質問も発言もあまりしない。しかし、プロジェクトが進むにつれ、期日はきちんと守るし、言ったことはやることがわかってくる。できないことはできないと言う。チームワーク、仕事に対する献身的な姿勢もある」というような発言をしていたことがある。要は「作業者」として見れば日本人は現時点でもきわめて優秀なのである。しかし、グローバルな環境のなかでは、作業をデザインし、リーダーシップを発揮できなければ存在感を示すことはできない。

そうした能力を身に付ければ、元来能力が高い日本人ビジネスパーソンは今後、大きく存在感を示すことができるだろう。その練習は日本人の間ででも、リーダーシップの左手を使うように心掛ければ積むことは可能である。慣れ親しんだ右手同士で振る舞うことに慣れた日本人たちを左手で引っ張ることができるようになれば、むしろグローバル環境でのリーダーシップは簡単に見えてくるかもしれない。