「あるきっかけ」で
女性は立ち上がった
深刻な人手不足が叫ばれる介護業界。中でも在宅介護の人々を助ける訪問看護師やヘルパーは慢性的に不足していると言われ、介護にあたる家族にとっては24時間気が休まることがない。そのような家族の手となり足となって寄り添い続けてきた団体がある。全国訪問ボランティアナースの会、キャンナスだ。
その名に「出来る(Can)ことを出来る範囲で行うナース(Nurse)」という意味が込められているキャンナス。全国各地の登録看護師たちは地域の家庭に訪問し、家族の手代わりとして、吸引、注入やインシュリンを打つなどの看護、排泄や入浴の介助などを行っている。実は、キャンナスで活躍するナースの多くが、家事や育児、自身の家族の介護などでキャリアを中断せざるを得なかった経験を持っているのだという。
代表の菅原由美さんも、結婚からほどなくして退職し、主婦に。キャンナス設立のきっかけになったのは、身内の介護経験だった。
「末期がんだった義母が、病院から自宅に戻って来たら別人のように生き生きした表情になったのを見て、患者にとって家で過ごせるというのはこんなにも嬉しいことなのだと気付かされました。また、亡くなった後も『家族に看取られながら家で息を引き取ることができて羨ましい』と近所の方から口々に言われ、多くの人が病院ではなく自宅で最期を迎えることを望んでいるのだと実感したんです」
一方で、義母が病院に入院している時は3人の子供の育児と家事をしながら、片道2時間半かけて面会に行ったり、また祖母が入院した時には1日おきに徹夜で付き添うといった介護生活は、菅原さんにとって過酷なものだったという。
「このままでは私が先に倒れてしまうかもしれないとさえ思ったこともありました。そんな時に、心配した主人から『たまには休まないと』と勧められ大好きな宝塚を見に行ったら、とてもリフレッシュできた。介護をする人にとって、息抜きがどれほど重要なことなのかを身をもって感じたんです」
前例のない“自立したナース”
立ち上げ時には各方面からのバッシングも
次第に、菅原さんの心には「看護師の資格を活かして、在宅介護に励む人たちの力になりたい」という思いが湧き上がるようになった。そんな折、自分と同じように看護師免許を持ちながら様々な理由で仕事を離れ、資格と経験を活かし切れていない「潜在ナース」が数多く存在していることを報道で知る。また、ボランティアとして赴いた阪神大震災の被災地で、世界中で活動する国際的な医療ボランティア団体のスタッフに自らの思いを語ったところ、大きな賛同が得られたことも彼女の背中を押した。
こうして、1997年、菅原さんは27人のスタッフとともにキャンナスを設立。しかし、決して順風満帆の船出ではなかった。
「当時は、ナースは医師の元で働くというのが大前提でしたから、医師の指示を受けずに訪問看護するというスタイルは前例がなかったんです。そのため、様々な組織からのバッシングも受けました」
しかし、菅原さんは歩みを止めなかった。というのも、口コミで徐々に利用者が増え始め、訪問先の家庭で「本当に助かった」という声を聞くたびに、多くの人々が訪問看護を必要としていることを肌で感じていたからだ。
転機が訪れたのは設立から3年後の2000年。この年に介護保険制度が始まり、在宅介護を行う家族は、介護保険の制度下で訪問介護サービスを受けることができるようになった。そのため、菅原さんはキャンナスの解散を考えたこともあったという。
「キャンナスは営利目的ではなくボランティア活動。ですから介護保険によってすべての家族が気軽に支援を受けられるようになるなら、無理に活動を続ける必要はないと思ったんです」
しかし、菅原さんは徐々に考えを改めることになる。それは、介護保険制度下での訪問看護ステーションの不足によりサービスを受けるのが難しい地域があること、そして介護保険ではカバーしきれない多様なニーズが生まれていることを知ったからだ。
「たとえば、冠婚葬祭や趣味のための外出サポートは介護保険の適用外。『孫の結婚式に出席したいけれど、身体が動かないから』と諦めている人や、『願いを叶えてあげたいけれど付き添いは難しい』と悩むご家族のためにも、プロである私たちが出来ることがあると思ったんです。人生を楽しみたいと願うのは、贅沢でもわがままでもないはず。私だって、いつか身体の自由が効かなくなっても、大好きな宝塚を見に行きたいと思うでしょうから(笑)」
「もう一度誰かの役に立ちたい」
一度は現場を離れたナースたちの思い
キャンナス設立から今年で19年。菅原さんの理念と取り組みに賛同したナースたちが各地で立ち上がり、北海道から九州まで全国91か所の支部が誕生している。そこで活動するナースたちは、「一度は医療現場を離れたけれど、もう一度誰かを助けたい」という思いを抱いて集まった人が非常に多い。
「キャンナスでは自分の空いている時間内で活動する仕組みなので、『育児があるから週2日だけ』などという要望にも応えられます。退職してからのブランクに不安を感じるナースも多いのですが、一番大切なのは『介護に疲れたご家族を休ませてあげたい』という志。ナースたちには勇気を出し、自信を持って行動してほしいと常々思っています」
東日本大震災では、菅原さんをはじめ多くのキャンナスの看護師たちが被災地で活動。ナース等のべ1万9000人を派遣し、震災から5年経った現在も仮設住宅などで健康相談を行うなど、精力的に活動を続けている。(震災時の活動にも迫った動画はこちら)

長年の功績が認められ、菅原さんはこのほど第12回『ヘルシー・ソサエティ賞』の「ボランティア部門(国内)」を受賞した。同賞は健全な社会と地域社会の発展のために献身的な活動を行った人々を称えることを目的に、日本看護協会とジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人によって創設され、今年で12回目を迎える。これまでも学術・教育・医療などの分野で第一線で活躍する人たちが受賞してきたが、本年度は菅原さんの他にも、「ボランティア部門(国際)」において歯科医学教育国際支援機構理事長・宮田隆さん、また「教育者部門」において淀川キリスト教病院理事長・柏木哲夫さん、そして「医療従事者/医療介護部門」において公益財団法人東京都医学総合研究所病院等連携研究センター長・糸川昌成さんが受賞を果たした。

「今回の受賞によって、多くの人に支えられて活動を続けてこられたことを改めて実感しています。今後はますます地域に根差した活動を展開していきたい」と、意気込む菅原さん。その顔には、多くの家族の灯となってきた優しい眼差しが浮かんでいた。
