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“イケア帝国”を一代で築いた男
イングヴァル・カンプラードとその経営哲学

  • 制作:東洋経済企画広告制作チーム
現在、28カ国に300店舗以上を持つ世界最大の家具製造販売企業、イケア。今や年間来店者数7億1600万人を誇る巨大ブランドへと成長を遂げたが、この企業がある一人の青年の情熱から生まれたことを知る人は、あまり多くない。5歳から商売を始めていたという創業者、イングヴァル・カンプラードとは――。

1943年に17歳でイケアを設立

2014年12月、スウェーデン・エルムフルトのある倉庫では、2000人もの群衆が笑顔をたたえてある人物の登場を待っていた。その人物とは、イングヴァル・カンプラード。イケアの創業者だ。

1953年以来、イケアではクリスマスの少し前に社員を集めてパーティを開いている。当初30人だった参加者は年を追うごとに増えていったが、カンプラードはその一人ひとりの労をねぎらう。60年以上続くクリスマスの変わらぬ光景だ。ただ一つだけ変わったことと言えば、カンプラードがいつもしていたハグが、いつの頃からか握手になったこと。1926年生まれという年齢を理由に、周囲から握手にするよう諭されたという。

歴代のロゴは数度のモデルチェンジを経て、1981年にようやくデザインが固まり、84年に今の青と黄色がシンボルカラーに落ち着いた

カンプラードは不本意に違いない。彼は、好意を抱く人物には力強いハグであいさつをし、別れ際にはハグだけでなく頬にキスをするのが通例だからだ。あいさつのキスは、スウェーデンでは一般的ではないにもかかわらず。それが、一代で“イケア帝国”を作り上げた、カンプラードという人物の一面だ。

スウェーデン南部・スモーランド地方の農場で育ったカンプラードは、5歳になる頃からビジネスマンとしての才能の片鱗を見せていた。マッチ箱を安く大量に仕入れ、金額をほんの少し上乗せして売ることに始まり、やがては森で収穫した果実からクリスマスカードまで、さまざまな品物を売り歩くようになる。

自慢げにいすを掲げるカンプラード

この経験から「人々の役に立つものを安く、確実に届けたい」と考えるようになったカンプラード少年は、1943年17歳にして会社を設立。イケアを法人登記し、主として家具やインテリア商品を扱うようになる。イケアの名は、「Ingvar Kamprad Elmtaryd Agunnaryd」の頭文字をとったもので、IKはカンプラードのイニシャル、Elmtaryd(エルムタリュード)は育った農場の名前、Agunnaryd(アグナリッド)は、その農場があるスモーランド地方の村の名前だ。

創業してからしばらくの間、イケアは多くの同業者と同じように、新聞広告に商品を載せる通信販売のスタイルをとっていたが、事業は思うように成長していなかった。競合相手との価格競争に悩んでいたカンプラードは、あるアイデアを実行に移す。

展示場を設け、高品質の家具に実際に触れてもらい、さらに商品を掲載したカタログを作成して配ることで人々を展示場へと呼び込んだのだ。価格と質で勝負するために考え出したこのスタイルは、当時としては画期的だったこともあって大反響を呼び、5年後には初めてのイケア店舗がスウェーデン南部のエルムフルトにオープン。これは、店舗販売と通信販売を行う今日のイケアのスタイルにつながっている。

デモクラティック・デザインとは

「ヤニンゲ」は2タイプ。ともに積み重ねることができ、肘掛ありのタイプならアーム部分をテーブルにかければ掃除の際に便利

スウェーデンの小さな町の家具屋が世界的な成功を収めたのは、カンプラードの才覚はもちろんだが、彼が掲げたコンセプトがグループ全体に根付いているからにほかならない。中でも最も端的にカンプラードのアイデンティティを表しているのが、イケアの理念である「優れたデザインと機能性を兼ねそなえたホームファニッシング製品を幅広く取りそろえ、より多くの方々にご購入いただけるようできる限り手ごろな価格でご提供すること」だ。

そして、この理念を現在に受け継ぎ、具現化したものが「デモクラティック・デザイン」だ。デモクラティック・デザインには以下の5つの基準項目が定められており、基本的にこれらの要素をすべて満たしたものだけが商品としてイケアの店頭に並ぶことになる。

(自然で美しい形、イケアらしいユニークさがあるか)
機能(使う人の日常をより便利にする使いやすさがあるか)
品質(耐久性、安全性は十分か)
サステナビリティ(人や地球にやさしく、環境に配慮した持続可能性があるか)
低価格(手頃な価格設定であるか)
一見特別なデザインに見えない「IKEA365+ディナーウェア」だが、無駄を排除し、もっとも使いやすいデザインと機能性にたどり着くまで多くの試作を重ねた

この基準を順守することで、イケアは「デザイン性の高いものは高価」「低価格のものは品質が悪い」という従来の常識を打ち破り、低価格と機能性、高品質を同時に実現している。

だが、それだけの商品を毎年コンスタントに生み出すのは容易ではない。ニーズの調査や素材の吟味に始まり、製造工程のコスト削減、デザインの改良、機能性の追加、品質検査を繰り返して、ようやく5つの基準項目を満たす商品になる。そのため、商品の中には5~10年かけて開発されるものもあるという。

低価格を実現するためにさまざまな努力や工夫が継続的になされている。商品を薄くコンパクトに梱包した「フラットパック」もその一つ。輸送コストを大幅に削減している

では、その開発プロセスを具体的に見てみよう。イケアの商品開発は、「ホームビジット」と呼ばれる家庭訪問調査からスタートする。これは、一般家庭を訪問し、人々の生活習慣を調査してニーズを掘り起こす作業のこと。開発部門のスタッフは年間何千軒もの家庭を訪れており、調査結果を分析し、商品開発に生かすという。

ソファ一つとっても、座るためだけではなく、寝転んだり食事をしたりして使う習慣の国もある。日本では床に座ってソファを背もたれにして使うこともある。各国の文化や習慣を、商品に機能として落とし込む必要があるのだ。

そして、イケアの品質管理を支えているのは、エルムフルトにある「イケア・テスト・ラボ」。ここは、開発中の商品にさまざまなテストを行い、安全性や耐久性をチェックする施設だ。家具テスト部門、化学試験部門、テキスタイルテスト部門、コンポーネント(部品)部門、パッケージテスト部門に分かれ、イケア独自の厳しい基準と販売国ごとに異なる安全基準をクリアするようにテスト項目が配されている。

機械で荷重をかけて強度、安全性、耐久性を徹底的に調査。これらの耐久テストに合格したものだけが、イケアの商品として店頭に並べられる

たとえば、テキスタイル部門では、何百回も洗濯して耐久性をチェックするほか、可燃性や摩耗も調査。家具部門では、荷重をかけて強度や安全性、耐久性を調査している。いすならば背もたれに30キログラム、座面に100キログラムの衝撃を与えるテストを2万5000回も行っているのだという。

サステナビリティは、イケアの真骨頂とも言える。今でこそ、先進国では地球環境に配慮したビジネスがもてはやされるが、数十年前までは大量生産大量消費で経済を回していたはずだ。一方、イケアを生んだスモーランド地方では、何百年も前からものを無駄にしない文化があり、それがイケアの商品開発にも生かされているという。

創業者が退いても、成長は続く

デモクラティック・デザインを世界に発信する場として、昨年からエルムフルトで開催されているのが「デモクラティック・デザイン・デー」。第2回目となる今年は、5月12日に行われ、ペーテル・アグネフィエルCEOをはじめ各部門の責任者が登壇。世界各地から200を超えるメディアが集まる盛況ぶりだった。

しかし、この場に創業者であるカンプラードの姿はない。というのも、彼は数年前に経営の第一線から退き、現在はシニア・アドバイザーとして後進の育成に力を注いでいるからだ。

一般的に、創業者がカリスマ性を持っていればいるほど、二代目社長以降の経営は不透明になる。そのためカンプラードは、強固な組織づくりを目指すとともに、イケアの精神を社員たちが共有することを重視してきた。たとえば、カンプラード一族で取締役に就任できるのは多くても一人だけだ。このことで、イケアはカンプラード家のものではないことを内外に知らしめ、有能な社員の登用が促進されている。また、毎年、各国イケアの管理職はエルムフルトで行われる研修に参加し、会社の歴史や製品に対する考え方からスモーランド地方の文化まで、イケアが育んできた理念を学ぶという。これらが奏功してか、カンプラードが退いた今日のイケアの売上高は、依然として成長軌道に乗ったままだ。

「何よりも私は謙虚であることに最大の価値を置いている」

かねてからカンプラードはそう社員に語り続けている。この価値観がイケアに浸透し続ける限り、イケアの成長は続くのかもしれない。