石田衣良は、なぜ出版業界に絶望したのか 「小説家と過ごす日曜日」に込めた思い

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――月額800円で月2回、メールで配信。有料というところも挑戦ですね。

作家の印税は1割ですから、500円の文庫本なら50円です。これが音楽の世界なら、CDの印税のほかにもコンサートや物販、握手会のようなイベントがあります。さまざまな収入源があって、アイドルやアーティストを支えてきたんですよね。でも出版の世界は本が売れなかったら非常に厳しい。ご存知のように、大手の出版社でも、給料が2割3割カットになったままです。しかも新人作家は最初の本が売れないと次の本が出せないというような時代になってきています。新しい収益の形を、本当に考えなければならないときになっていると思うんですね。

なので、文庫本の印税50円だけでなく、中間で熱心なファンから少し課金するような形で作家なり出版社なりを支える新しい方法を探していたんです。

石田衣良(いしだ いら)●1960年、東京都生まれ。1984年成蹊大学卒業後、広告制作会社勤務を経て、フリーのコピーライターとして活躍。1997年「池袋ウエストゲートパーク」で、第36回オール読物推理小説新人賞を受賞し作家デビュー。2003年「4TEENフォーティーン」で第129回直木賞受賞。2006年「眠れぬ真珠」で第13回島清恋愛文学賞受賞。2013年「北斗 ある殺人者の回心」で第8回中央公論文芸賞受賞。「アキハバラ@DEEP」「美丘」など著書多数。最新刊「オネスティ」(集英社)

――石田さんがコピーライターをしていた、80年代後半から90年代と比べ、今は発想やチャレンジという意味で、後ろ向きになっているのでしょうか。

金銭的に豊かだから、豊かな発想ができるというわけではないんですね。予算規模が大きいのでいろいろできるというだけで、個人の給料は今のほうが全然いいと思います。実は十数年前のほうが貧しいんだけど、誰もが、将来は給料がもっとよくなると見込んで、なけなしのおカネを遣っていたということです。

今は、同じように働いて昔よりいい給料ですけど、5年後、10年後により貧しくなると思うから、おカネを遣わずに貯金しているんです。未来に対する心の構え方だけで、世界が反転してしまうということです。

ただひとつ言えるのは、豊かさみたいなものがないと、文化的な産業、本や音楽、絵画のような世界は厳しいですね。ある程度、安定がなければ創作に集中できないですから。

――今はCDを買わずにYouTubeで聴くという人も増えています。

ほぼ無料になってしまいましたからね。でも受け手としても、何でも無料で楽しんでいるだけではなく、少なくともある程度の額を対価として支払うのは、当然じゃないかと僕は思います。

――石田さん自身は、本やCDに結構おカネを使っている・・・。

そう、この書棚を見て、おわかりのとおりです(笑)。僕はダウンロードが好きじゃなくて、なるべくパッケージソフトを自分で探して買いますし、本も基本的に買います。そういう点では、世代がひとつ昔なのかもしれません。形あるものを手元に残したいという気持ちがあるんですね。音楽だけじゃなく、たとえばジャケットのデザインなども含め、パッケージソフト全体でひとつの作品として作られています。そこに込められた、制作者みんなの思いを大事にしたいんです。またパッケージソフトのほうが利幅が多いので、買ってあげることで作り手にもおカネが行きますから。

本の世界とは作り方がまったく違う

――話は戻りますが、「小説家と過ごす日曜日」第1号を読んで、ボリュームに驚きました。

そうなんです。今のところ原則月2回なんですけど原稿用紙にして50枚、60枚分ですから大変です。でもやりがいがありますし、面白いですね。本の世界とは作り方がまったく違うので。

僕が普段書いている小説というジャンルでは、作品の世界観や物語の流れ、キャラクターのほうが作者より強いんです。でもウェブメディアのほうは、作り手のパーソナリティや時代性が前面に出ます。僕自身が責任編集をする石田衣良マガジンみたいな感じで作ることができる。自分の趣味が全部出せるのが面白いと思っています。

――ファンにとっては「そばに近づけた」という感じがして、うれしいと思います。

コンテンツの企画全部に携わっていますし、当然、作家なので、短編小説、エッセイも書いたりしていて、かなり深くかかわっているということにはなると思います。

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