安倍元首相の不毛な宣言が日韓関係の改善を縛る 元徴用工問題、日本も人道的に歩み寄るべきだ

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だが、民間人が民間企業を相手取った訴訟で、日本政府が前面に出て、かつ半導体関連素材の輸出規制といった事実上の報復措置までとったことも、やはり無理はあった。

仮にアメリカの裁判所で独善的な判決が出て現地の日本企業が不利益を被りそうになったとして、日本政府が同じように猛然と抗議して報復措置をとるかといえば、想像しにくい。

「第三者弁済」の財団への出資は、韓国の司法判断に従うということを意味するわけではない。日本企業が自主的に判断できるはずだ。

それが、まだ安倍政権時の宣言ゆえに資金を拠出しにくいということであれば、岸田政権として一言、「財団への関与は企業の判断です」と述べるだけでも効果は大きい。

それが、尹政権に対する最大の「援護射撃」となるし、韓国の野党陣営にくすぶる日本への不満を抑えることにもつながる。

いや、そうした政治的な打算を抜きにしても、元徴用工やその遺族たちに日本の政府や企業が寄り添える人道的な一歩にもなる。

アメリカでスピーチしたのに韓国ではできないのか

総選挙は終わり、遅きに失した感は強いが、5月下旬に日中韓3カ国の首脳会談をソウルで開催する方向で調整が進んでいると伝えられている。スケジュールが確定すれば、3カ国の会談に合わせて、当然、日韓2カ国の首脳会談も開かれることになる。

その機会に、岸田首相は徴用工訴訟の財団に関して踏み込んだ姿勢を示すべきだ。願わくはアメリカ訪問と同じくらいの労力をかけて準備をして、韓国語で韓国国民に語りかけるくらいのことは期待したい。首相が韓国で、韓国語によってスピーチをしたのは、中曽根康弘元首相の例もある。

すでに尹政権の政治的な体力が落ちたのは確かだが、大統領の任期はあと3年間あり、また2025年は日韓が国交正常化から60年という節目にあたる。「日韓関係は再び冷え込むか」と他人事のように評論するだけでなく、当事者として何ができるか日本社会全体議論が高まるのを願う。

池畑 修平 ジャーナリスト、一般財団法人アジア・ユーラシア総合研究所理事

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いけはた しゅうへい / Shuhei Ikehata

1969年大阪府生まれ。1992年に東京外国語大学を卒業後、NHK入局。高松放送局、ジュネーブ支局長、中国総局(北京)、ソウル支局長、BS1「国際報道」キャスター、解説主幹などを務めた。著書に『韓国 内なる分断―葛藤する政治、疲弊する国民』がある。

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