「派遣法改正案」のいったい何が問題なのか 不安定・低賃金なハケンが今より増える恐れ

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派遣労働者の賃金は正社員に比べて相対的に低い場合がほとんど。正社員と同じように働いていても、である。派遣労働をはじめとする不安定かつ低賃金な非正規雇用が政策的に拡大されたことが、格差社会、ワーキングプアなどの貧困問題の一因になっている。

ここからはやや専門的になるものの、今回の派遣法改正案をもう少し詳しく検証してみよう。

専門26業務とその他の業務の区別を撤廃

まず、専門26業務とその他の業務という区別を撤廃し、一律に①事業所単位の期間制限(派遣先の同一の事業所における派遣労働者の受入れは3年を上限とする。それを超えて受け入れるためには過半数労働組合等からの意見聴取が必要。意見があった場合には対応方針等の説明義務を課す)と②個人単位の期間制限(派遣先の同一の組織単位(課)における同一の派遣労働者の受入れは3年を上限とする)を設けている。

本来、派遣労働の期間制限は、派遣労働があくまで一時的・臨時的なものであり、正社員の代わりに派遣労働者を使うことを許さない(「常用代替防止」)という観点から設けられたものであった。しかし、今回の改正案では、これら①事業所単位の期間制限②個人単位の期間制限とうたわれていながら、実際には、これらの期間制限は厳格とはいえず、企業がその気になれば派遣労働者を使い続けられる。

法案では、「派遣労働者の雇用安定措置」として

  • ① 派遣先への直接雇用の依頼
  • ② 新たな派遣先の提供
  • ③ 派遣元での無期雇用
  • ④ その他安定した雇用の継続を図るために必要な措置

を派遣元に義務づけるとしている。

しかし、これらの「雇用安定措置」は、まったく派遣労働者の雇用安定にはつながらないことが指摘されている。たとえば、①の「派遣先への直接雇用の依頼」 については、文字通り、「依頼」することが義務づけられているだけなので、派遣先がその「依頼」を断ることも全く自由だからである。

また、現在の派遣法では専門26業務の派遣労働者が、3年を超えて同じ派遣先で同じ仕事をしている場合、その派遣先が新たに労働者を直接雇用しようとするときは、その派遣労働者に雇用契約の申込みをしなければならないという「雇用申し込み義務制度」(派遣法40条の5)が存在し、これにより専門26業務で働いている派遣労働者が直接雇用される可能性が不十分ながらあったが、今回の改正案では削除されてしまっている。

労働者は、生身の人間であり、働いて賃金を得て生活を成り立たせている。機械の部品などの「モノ」ではない。一方、派遣労働は、労働者を機械や道具などの「モノ」と同じように取り扱う危険を本来的に内包している雇用形態である。その抑制を緩める今回の派遣法改正案が成立すると、本来は臨時的、一時的な雇用形態である派遣労働が原則化し、派遣労働者が正社員雇用を望んだとしても、ずっと派遣労働者の地位に甘んじることを余儀なくされてしまいかねない。

派遣労働をはじめとする非正規雇用をさらに拡大させ、貧困と格差を広げていくのか。今後の日本社会の労働のあり方が今まさに問われている。

 

戸舘 圭之 弁護士

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とだて よしゆき / Yoshiyuki Todate
弁護士(第二東京弁護士会所属)。「ブラック企業」問題に取り組む弁護士が結集したブラック企業被害対策弁護団の副代表をつとめるなど労働事件に積極的に取り組んでいる。その他、民事事件、家事事件など一般事件を広く手掛ける傍ら著名な冤罪事件「袴田事件」の弁護人としても活動するなど刑事事件にも力を入れている。戸舘圭之法律事務所(http://www.todatelaw.jp/
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