「M-1」より成功した新規事業を、私は知らない 経営学者・入山章栄氏、M-1誕生秘話を読む

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そこですごいのは、まず現場に行ったことだ。机上の空論でパワーポイントの企画書をつくるのではなく、劇場でひたすら漫才を見まくる。そのうちに、いいところや悪いところが見えてくる。

最初は1人で活動しているが、だんだんと仲間が増えてくる。これもよくあるパターンだ。とはいえ、優秀な人ばかりではないし、面倒くさい人もいたりする。

悪戦苦闘する中で、信頼する人(島田紳助さん)のところに相談に行くと、コンテストをやろうと提案される。今さら感のある企画だが、優勝賞金はなんと1000万円! そこには夢がくっついている。まさに島田さんの慧眼だ。

新規事業あるあるが満載

こうして方向性は見えてきたが、スポンサーやメディア探しで難航する。良い製品やサービスを思いついても営業で苦労するのは、新規事業あるあるだ。しかも、本当に斬新な試みであるほど、エスタブリッシュな企業はついてこられない。感度の高い社員がいくら提案しても、取締役会で却下されてしまうのだ。

逆に、手を差し伸べてくれるのは、理解あるワンマン経営者のいる企業だったりする。M-1の最初のスポンサーも、よく名前の挙がる大手広告主ではなく、漫才好きの経営者がいるオートバックスだった。

メディアについても最初から全国ネットとはいかない。動いてくれたのは地方の系列局(朝日放送テレビ)だった。

困難はあっても実現にこぎつけたのは、著者の情熱あってのことだ。もがいて失敗もするけれど、情熱と折れない心で仲間や支援者を巻き込み、良い巡り合わせを呼び込んでいく。

もうひとつ見逃せないのが、著者の漫才に対するこだわりだ。たとえば、ピンマイクではダメで、絶対にスタンドマイクでなければならない。カメラがドラマのように話し手を追いかけるのはNG。2人のバストショットで相方のリアクションも見せるべし。そういう漫才の世界観を大切にしたからこそ、社会現象にもなるM-1が誕生したのだ。

現場、仲間、相談、夢、苦労、情熱、巡り合わせ、世界観――いずれも新規事業やスタートアップのストーリーに頻出するキーワードだ。過去20年間にエンタメ界で最も大成功した新規事業は何かと聞かれれば、M-1を推す人が多数にのぼるだろう。

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