日本製鉄、「USスチール2兆円買収」に動いた必然 経営リスクは覚悟で「脱ドメスティック」に進む

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ただ、こうした懸念は百も承知。そのうえで日本製鉄として過去最大となる2兆円の買収に踏み切ったのは必然性がある。

日本製鉄は、長年の課題だった国内の余剰生産能力を削減、国内大口顧客との「ひも付き価格」の是正や高付加価値化に取り組むことで業績は大幅に改善。2019年度、2020年度の最終赤字から足元では評価損益などを除く実力ベースの事業利益率が2桁パーセント目前になった。

一方、国内生産とほぼ同義の単独粗鋼生産は、2014年度の4823万トンから直近見通しで3500万トンへと縮小してしまった。この先も国内の鉄鋼需要は減少していくとみられており、数量の本格的な反転は期待できない。価格もおよそ適正水準となり、高付加価値化を進めるにしても国内の鉄鋼事業で大きな利益成長は見込めない。

こうした背景から近年、日本製鉄はグローバルでの粗鋼生産能力1億トンの確保を将来ビジョンとして掲げ、海外での成長投資を強化してきた。

2019年には欧州アルセロール・ミタルとの合弁でインド5位の鉄鋼大手を7700億円で買収。2社の合弁会社は2022年にインドに約1兆円の追加投資を敢行し、生産能力や港湾設備を増強している。この年にはタイで電炉メーカーを日本製鉄単独で買収した。このほかミタルとのアメリカ合弁会社で電炉建設にも動いている。

これらによって粗鋼生産能力は足元で6600万トンに達し、USスチールの買収が完了すれば8600万トンになる。さらにインドでの増強、追加の計画まで勘案すれば1億トンを完全に射程圏にとらえている。

規模だけを拡大したところで利益につながるとは限らないが、鉄鋼業は「数量×付加価値」のビジネス。規模の経済が働くことも事実だ。

成長市場を取り込むには生産能力が必要

力を入れる市場は明確だ。インドは中国に次ぐ世界第2位の市場だが、人口当たり鋼材使用量は日本の約5分の1と成長余力が大きい。日系自動車メーカーの牙城であるタイは、自動車用の高級鋼板の需要が伸びる。

アメリカの需要は先進国で最大となる年間約1億トンあるのに対し、同国内の粗鋼生産量は8000万トン台。トランプ前大統領の時代に鋼材輸入に関税をかけたことでタイトな需給が続く。熱延鋼板を巻き取った「ホットコイル」は、中国経済の落ち込みからアジア市場はトン当たり600ドル台と低迷する中、アメリカ市場では1100ドルをつける。

人口増加も続くうえ、EVシフトを受けて日本製鉄が得意とする電磁鋼板など高付加価値鋼材の需要の伸びが期待できる。こうしたアメリカ市場の成長を享受するには生産能力が必要だ。

「外国の民間企業がグリーンフィールド(草が生えた土地から=イチから)で作るのは難しい。そこに今回の案件が出てきて条件に合った」。橋本社長はそう語る。

USスチールはアメリカ国内だけで高炉を8基(うち2基は休止中)、電炉を3基持っており、さらに2基の電炉を建設中。鋼板や鋼管に加工する下工程の設備も保有している。供給基地としては申し分ない。

USスチールの炉
アメリカ国内におけるUSスチールの生産能力には期待できる(写真:USスチール)

加えて自社鉱山で鉄鉱石を100%自給できる点も魅力だ。日本製鉄はこの11月にカナダの鋼材会社へ2000億円、20%出資を決めた。良質な資源権益を囲い込むことは収益安定に加え、脱炭素をにらんでも重要だからだ。

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